飲み屋でカウンセリング!?

2021/11/05勇気と挑戦, 気持ちとの向き合い方

日本では、カウンセリングというのはあまりメジャーではありませんね。心理カウンセリングとかいうと、どこかのメンタルクリニックとか、精神科で受けるようなイメージがまだまだ強いです。

そもそも、日本人は恥を隠す傾向がものすごく強いです。誰だって、自分の恥をオープンにしたいと思う人はいませんが、「世間」という言葉をよく使うように、「全体の中での自分」というものに異常に気を遣い、意識を向ける傾向が強いです。全体の調和を乱すようなことはしてはいけないという思いがプレッシャーになるんですね。

日本でのカウンセリングはまだまだあまりメジャーではないとはいえ、人は誰でも自分だけでは抱えきれない悩みを持っていて、それを何かしらの方法で処理していくことは、生きる上で必須です。こと悩みに限っては、日本は、世界的に見ても、自殺率からわかるように、精神的な健康という意味においては、決して楽観視できるような状態ではありません。

では、みんなどうやって、抱えきれない心の悩みを処理しているのかといえば、人によっては食べることであったり、がむしゃらに仕事することであったり(ワーカホリック)、趣味に没頭したり、引きこもったり、ゲームやネットをしたり・・・など様々なものがありますが、その一つに「飲み屋」の存在もあります。

飲み屋というと、仕事帰りの会社員の溜まり場みたいなイメージも持たれやすいです。ましてそこで、会社員の人たちが上司の悪口を言ったり、家族の悪口を言ったりしていると、「そういう悪口をいうのはよくない」という正論を投げかけて否定的な見方をする人もいます。でも、一人では抱えきれない(抱えてしまったら病気になってしまうような)心の中の暗い部分を、飲み会で「ハイになりながら吐き出せる機会」としていると考えると、飲み屋の役割も決してバカにできません。

人は一人では生きていけないからこそ、たとえ飲み屋のママさんであっても「ねえ、聞いて〜」と言って、自分が感じていることを聞いてもらえる。そして、自分の話を聞いてくれる誰かがいる。そんな中で、話しながら自分の中で、決着をつけて、また翌日を迎える。そういう意味では、飲み屋がある意味ではカウンセリングを担っています。

ただ残念なことに、それがきっかけになって、アルコールに歯止めがかからなくなり、アルコール依存症や他の病気につながってしまったら、本末転倒です。

問題が小さなうちから、人に「助け」を求めることをして欲しいと思いますが、それができないんですね・・・。本人の問題でもあるけれど、それと同じくらい周りの問題でもあるなと感じています。「助けて!」と言える環境があって、そして、そういう悩みを抱えている人を周りがもっと理解できるようになる・・・こういったことがもっと自然にできる環境だともっと生きやすいですね。