他人が怒ることに怒る理由

2021/02/17悩みの正体

他人が怒ることに怒る理由は、

他人が怒る理由が(完全には)見えていないから

です。

いいとか悪いとか、そういう話ではなくて、
もし、他人が怒ることに怒っているのなら、
他人が怒っている意図が見えていない証拠です。

そして、全然見えていないこと自体は、
何も問題ないことです。

と言うよりも、人間なら誰しも自然なこと、当たり前のことです。

人の気持ちの深くにあることなんて、
みんながみんな分かるものではありませんから。

逆に、わからないからこそ、関係が続けられる人間関係だって沢山あるんです。

みんながみんな、相手の本音、相手の意図をわかってしまったら、
それこそ大変なことになってしまいます。

さて、少し話が逸れてしまいましたが、
もし、あなたが、他人が怒ることに怒ってしまうなら、
大切なことは、

自分は他人が怒る意図を十分にはわかっていない

と謙虚に受け入れることです。

そんなに難しいことでは、ありません。
「相手のこと、すべてわかっているわけではないな・・・」と思うだけです。

人の気持ちの見えない部分はしっかり存在していますし、
「ただ、見えていないことがあるんだ・・・」と分かることで、
自分自身が余計に怒ったり、無駄に悩んだりすることから解放されていきます。

他人が怒ることに怒ってしまう時は、
相手が自分に怒っていい正当性が見つからない時です。

明らかに悪いことをした、
このままじゃ相手を怒らせてしまう、
あ〜怒られるだろうな〜、

と思って受けた他人からの怒りに対しては、
案外サバサバと受け入れられるものです。

でも、自分が
他人から怒りを受ける理由が、その妥当性が、全く見えない
と、怒ってくる相手に対して敵意が湧いてきます。

結局は、相手が自分に怒るにふさわしい理由が
「自分の中」にあるか、ないかなのです。

ポイントはここです。「自分の中」にです。

「相手の中」ではないんですね。

でも、よく考えてみると、怒っているのは相手です。そして、相手の中には怒る理由があったんですね。

それを受ける側の自分には見えていないだけ。
相手の中にはちゃんとあったんです。

そんなのとばっちりじゃないか!と益々心を難くしてしまって、
怒り返す、相手を屈服させることも確かに、選択の一つではありますが、

こころの栄養は、こころが軽くなる方を考えます。

それは、「自分の中」にたとえ怒りを受け入れる理由が、
見つからなくても、見えなくても、

「相手の中」には、何かしらがあったのだな

ということを理解してあげるということです。

もしかしたら、巡り巡って、相手の誤解であったり、
相手が謝ることだったりすることもあると思います。

それであっても、
相手が怒ったその瞬間には、確かに「相手の中」に理由があったんだな
と受け止めることで、何が正解なのか、不正解なのかという議論からは解放されます。

自分が本来怒りを受けるべきか、受けるべきではないのではないのかなどという悩みからも、
自由になっていきます。

お人好しになるのではありません。

「自分の中には見えていないことがあると受け入れ、理解する」

このことは、自分を守り、
自分を強めてくれる、自分の心にとっても優しいものなのです。