自己啓発を他人のために使わない
「思考は現実化する。」という言葉があります。この言葉は、アメリカの著述家で、成功哲学について書いたナポレオンヒルの著書です。
自己啓発が好きな人は、一度でも聞いたことがある言葉だと思います。
世の中には、自分の人生をよりよくするための方法やヒントなどが溢れています。自分を高めるために、成長させるために、学び、実行し、振り返り・・・そうやって成長のプロセスを歩むことは素晴らしいことです。
でも、自分を啓発し、自分を高めるために学んでいたことが、いつの日か、他人への押し付けに変わってしまうことがあります。
例えば、母親が、受験生の息子に対して鼓舞したいという思いから、自分が本で知って良いと思った言葉をプリントアウトし、トイレに貼りました。
息子は、トイレに行く度に、その言葉が目に入ります。もし、息子がその紙を見て、母親と同じように良い気持ちになっているなら、それでいいでしょう。でも、大抵の場合、その紙を貼るという時点で、母親の意図は「息子にこのように思って欲しい。」という思いが隠されているのです。
他人はそういうことを敏感に読み取ります。あなたが良かれと思っていることが、いつしか押し付けになり、窮屈に感じてしまうのです。
ある妻は、夫が依存症であることに悩んでいました。夫は依存症だ、どうしよう・・・と日々思っていた時に、「考えていることが実現する。」という自己啓発に出会い、「夫は依存症ではない。病気ではない。彼は正常なんだ。」と考えるように努力し始めたとします。
すると、どうでしょう。依存症の夫に対して、依存症でない、依存症でないと呪文のように妻の頭で考えることは、目の前の現実との乖離を生み出し、思い通りにいかない現実に余計な苦しみを味わうことになります。
自己啓発を他人に当てはめてるのは、危険です。自己啓発は自己を啓発するものです。自分が、プラスのことを考えて、プラスの行動をとるようにするのは自由です。自分が、「私は美人だ。」と考えるなら、毎日、鏡を見るのが次第に楽しくなってくるでしょう。自分が私は「うつ病ではない。」と考えるなら、回復に向かって、歩みだそうとするでしょう。
ただ、他人に「自分の理想」を当てはめた途端、それは「押し付け」になってしまいます。
他人は他人です。あなたがどう他人を定義しようが、自分の意志とは全く関係なく、他人は他人で自由に言ったり、行動したりします。あなたがどう考え、どう行動するかに自由が与えられているように、他人にも、自由が与えられているのですね。
その自由を奪おうとする時、必ず人間関係に衝突がおきます。そして、思い通りにいかない人間関係に、ひどく傷つき、悲しみをもたらしてしまうこともあるのです。
自己啓発的な考えを、他人に押し付けるのは危険です。それは、シンプルに、他人の自由を奪おうとするからです。押し付けは、強制です。あなたにとってどれだけ良い言葉あろうが、世間一般に認められていることであろうが、知ったら得することであろうが・・・関係ありません。人は、自由に自分で考えたいことを考え、感じたいことを感じる自由があるのです。
「思考」という、誰もが自分以外、決してコントロールできない領域に介入しようとすると、いつも問題が起きてしまいます。
人の考え方はそう簡単には変えられません。
理想を押し付けられた他人は、自分が、それを受け入れられないタイミングの時には、自分が相手の基準に満たしてないところに気付き、自信を失います。もしくは、高い基準を持っている相手を攻撃し始めます。
人は自分に対して、理想を持ちます。自分に対して、自分のアイデンティティを定義します。そして、他人は他人で、自分で自分を定義し、自分のアイデンティティを定義するのです。
「どうしたら、家族のことにイライラしないで済みますか?」とよく聞かれます。残念ながら、あなたが「相手への理想」を持ったまま、イライラしないための魔法はありません。必要なことは、他人は、自分の理想などには関係なく、常に自由に言動できる・・・という当たり前のことを受け入れることです。
過去と他人は変えられません。未来と自分は変えられます。あなたが変えられない他人から手を離し、自分の人生を歩み始める時、あなたが今よりもっと元気になっていくでしょう。
そして、元気になって、活力を取り戻したあなたは、周りにも良い影響を与えていくことができるはずです。
矛盾しているように見えて、他人に対する自分の理想を切り離すことが、実はあなたの人間関係をよりよくするお手伝いをしてくれるのです。
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません