「やりたいことがわからない」の正体
やりたいことがわからない、何から始めていいのかわからない!って思う時ってあると思います。
別に、仕事とか、人生をかけてやりたいこととか、そんな大きなことでなくても、趣味の一つでも、何が自分の趣味なのかわからない!って思う時もあるかもしれません。
ある人は、釣りが趣味で、お金を貯めて、ボートに乗って、月に1回くらい、釣りをして、新鮮な魚をその場で食べて・・・仲間と次の計画をして・・・。
そんな話を聞いて、あなたは、「ああ、素敵な趣味だな〜。」と思ったとします。
自分の趣味は何だろうかと思うと、すぐに、「何にもないな〜。」と思ってしまいます。
でも、その人は、家で、面白い動画を追ったりするのが好きで、そういうことをしていると、あっという間に時間が過ぎてしまうんですね。
「じゃあ、動画を見ること、youtubeとかそういうのを観ることが趣味のようなものですね〜」と、誰かが言ったとします。
そしたら、「え!?それはない・・・それは違う。」と、なってしまうんです。
何でかっていうと、自分の中に趣味にしていいものと、しちゃいけないものみたいな基準を持って、今自分が、実は楽しんでいて、何気なく時間をかけているものであっても、それは、
自分の基準的には、趣味とは認められない!!!
と考えているんです。
そうなると、いつまで経っても、趣味にはならないんです。どう見たって、趣味なのに。
そして、いつまでも、「なんかいい趣味ないかな〜なんか始めたいな〜」なんて思ったりする訳です。動画視聴・・・別に立派な趣味と思うけれど・・・と他の誰かが言っても、耳を貸しません。
つまり、結局やりたいこと云々っていうのは、自分の中に何かしらの基準を持っちゃっていて、それと一致しているか、いないかなんですね。
やりたいことはこういうことでなければいけない!!
みたいな、基準が、心の中にあるんです。
そうなると、
やりたいことを探していたんじゃなくて、自分の基準と一致するもの探ししてたんじゃん!
って話です。
ゴルフは趣味と言っていいけれど、動画視聴はだめ。家でベッドでゴロゴロしてやるようなものはダメ・・・と。
そういう人は、「いいね!趣味は動画視聴で」って、絶対にならないんです。ちなみに、趣味が動画視聴の方、ごまんといると思います。まあ、そんなことも、その人にとっては、どうでもいいんです。全く受け入れられないんです。基準外ですから。
とはいえ、それでも、好きなことは、「やっぱり動画視聴じゃん!」って話なんです。だって、事実それをしている訳だから。
そこを受け入れると、スッと現実になれるんですね。自分を受け入れられるんです。自分を受け入れるって、それくらいシンプルなことです。
つまり、
「結局、やってるじゃん!」って事をちゃんと、「そうだね」って受け入れる
ってことです。
「やりたいことが見つからない!!!」っていうのは、やりたいことはあるし、実際に、現実に、やっているのにも関わらず、
いや、これは違う!
と難しい顔をして、実際にやっていることを否定し続けるんです。だから、そりゃあ、いつまで経っても、やりたいことは見つからないよ!って訳です。
このまま行き過ぎると、延々とやりたいこと探しの旅に行き始めて・・・でも、それははもはや、自己否定の旅でしかないんですね。
自分の中に、いい悪いの基準を強く持ちすぎていたり、「こうでなきゃいけない!」みたいな考えを持ち続けると、それと少しでも反している自分は全部否定になっちゃうんです。
いやいや、それはちょっと待って〜って話なんです。
いい悪いの基準も、「こうでなきゃいけない!」みたいな考えも、所詮、頭の中の考えであって、実質的なものではないでしょう。結局、自分の考えでしょう。
で、今やっていること、現実が、実際の、実質的な自分でしょう。
だから、結局、やりたいことは今やっていることなんです。もし、ダラダラしているなら、ダラダラがやっていることであり、やりたいことなんです。
そこをちゃんと受け入れてみる。
すると、現実と自分のやっていいことが一致し始めていくるんですね。自分の頭にある基準に、ちゃんと自分が今やっていることを入れてあげる。
それは、つまり、「いいよ、趣味は動画視聴で。」ってだけなんです。そうすると、自己受容ができるようになってきます。
そして、自己受容ができるようになってくると、現実の自分をちゃんと受け入れることができてきます。自己否定が抜けていくと、否定がないから、自然と自分が好きになってきて、結局は、可愛い自分、本当はやりたかったこととか、いつかやってみたいなと思っていたこととかに向き合う
勇気
が湧いてくるんです。所詮みんな自分のこと好きですよ。自分がしたいこと、したいんです。
自己否定し続けていて、こんな勇気が湧いてくる訳はありません。
だから、「本当に自分がやりたいことは、何か違うんじゃないか〜」と思っても、まあそれは錯覚ということで、今時間を使っていることで、ついやっちゃうことが趣味でいいし、今やっていることが、ひとまず、今やりたいことでいいんです。
難しく考えない。
そうやって受け入れて、現実に生きる練習をしていくことを毎日繰り返していきます。
でも、不思議なことに、毎日って決して同じじゃないから、以前は自己否定を積み重ねていたけれど、今度は自己肯定が積み上がっていく訳です。これは、すごいことですよ。
そうやっていくうちに、「やりたいな〜」って思っていことに向き合う勇気も、実際の行動にしていく力もじわじわっと湧いてくるんです。一気ではなく、じわじわっとです。
やりたいことがわからない正体は・・・自己否定でした。
今既にやっている「やりたいこと」を「やりたいことじゃないー!」って言い続けて、否定していたから、やりたいことの迷子になっちゃっていたんです。
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