自分を知る/認める

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私自身、以前に自分で自分に厳しいところがあるなととことん自覚した時、
「自分に厳しい」は全く持って自分の味方にならないので、手放す決断をしました。

でも、そもそも自分に厳しいって、自分で認めるまで、すごく時間がかかりました(涙)。

今なぜこんなにも時間がかかったのかと思うと、
もう一人の内なる自分が「何言ってるんだよ!」って、更に厳しいことを言ってくるんですね。

本当に、典型的な、自分に厳しい人ですね。

クリティカル・ペアレントと言って、批判的な親が自分を支配する傾向が強く出ていると、
こういう「厳しさ」が出てきます。
興味のある方は、「Critical Parent」とか、「エゴグラム」とか「交流分析」とかで、調べてみてください。
【心理学】交流分析ー人生態度「私もあなたもOK」自己肯定・他者肯定

「自分への厳しさ」というのは、決してネガティブなものだけではないです。
時に成長の起爆剤とする厳しさは健全です。

自分を過剰に責めたりとか、自分を傷つけた ...

自分を知る/認める

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他人の失敗を責めない方が良い理由は、

自分の失敗を受け入れやすくなる

からです。

他人の失敗を責めないというのは、境界線が機能しています。

他人の失敗については、「心の中」でも、実際にでも、責めない方がいいです。こう書くと、立場上という言い訳が出てくるかもしれません。親の立場上、上司の立場上、妻の立場上…。こころの栄養では、立場上、他人の失敗を責めていい理由もなしです。立場上、指導することはできるかもしれません。立場上、励まし支えることはできるかもしれません。立場上、協力し、赦すことはできるかもしれません。立場上、改善点を一緒に探すことはできるかもしれません。でも、立場上、他人の失敗を責めていい理由はありません。

こころの栄養を読んで下さっている方は、自分のこころについて真剣に取り組もうとする人だから、実際に他人の失敗を責めるなんてほとんどないと思います。なぜなら、人の気持ちとか、結構、読み取ろうとする人だから。こころの栄養は、心の話です。ほとんどの場合が、自分の「心の中」で、他人の失敗を責めます。他人を裁きます。

人間関係と境界線

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シリーズの最終回です。

「私さえ我慢すれば」の思いを捨てること①・・・「自分になっていくこと」について
「私さえ我慢すれば」の思いを捨てること②・・・「自分の万能性を否定すること」について

「私さえ我慢すれば」の思いを捨てること①の記事で、

人が脱いだもの、
人が食べたもの、
人がやるべき仕事、

本当は、心がついてきていないのに、
「私さえ我慢すれば」でやっていませんか?

本来守るべき、自分自身の境界線を放棄してしまうことは、
相手を無防備に、自分の中に受け入れることを意味します。

これは、愛でも思いやりでもないんですね。

どちらかというと、相手の境界線をも崩すお手伝いをしてしまうようなことなんです。
相手も本当は入ってきちゃいけないはずのあなたの領域に知らず知らずのうちに入りこんじゃうんですね。
ただ、これは別のトピックになりますので、また次の記事で書いていきたいと思います。

と書きました。

今回は、ここで書いた「別 ...

人間関係と境界線

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前回のテーマの続きです。

「私さえ我慢すれば」の思いを捨てていくことは、自分の限界であったり、自分の境界線をちゃんと守ることにつながりますということを、前回の記事では伝えました。

【人間関係の境界線】「私さえ我慢すれば」の思いを捨てること①

「私さえ我慢すれば」に続く言葉は、やはり、

できる

なんですね。

そして、この「できる」という言葉はとても肯定的で、可能性に溢れているような言葉に見えて、
実は、考え方によっては、危険な香りがする言葉でもあるんです。

というのも、

自分自身の万能性

を認めることになるからです。

自分自身が万能であると認識することは、心にとっては、とても重いです。

なんでかっていうと、万能じゃないからです。

「(人は誰でも)万能にはなれないのに、万能であらなくてはいけない」
と思うことが、とっても重いんですね。

自分さえなんとかすれば、自分さえ努力すれば、

できる
うまく ...

人間関係と境界線

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「私さえ我慢すれば」という思いを抱えている方へ。
今回は同じテーマで、3つに分けて書いていこうと思います。

まず1回目は、「私さえ我慢すれば」の思いをちゃんと捨てようということです。

この我慢を捨てることで、自分になっていくということについてです。

心重くなる自己犠牲感「私さえ・・・・」

「私さえ我慢すれば」の思いは、心をとっても重たくします。なぜなら、私さえ我慢すればの後に続く言葉は大抵、「できる」なんですね。

私さえ我慢すれば、何かができる、何かがうまくいく・・・

んですね。

特に家族に対して。配偶者や子供に対して。

すごく我慢して、犠牲を払っているあなたは、日々心が休まらない日々を送っているかもしれません。

こころの栄養は、境界線という考え方を大切にします。

「私さえ我慢すれば」という考えには、たとえ本当は自分が守らなくてはいけない自分の領域内においてでも、相手に対してオープンになり過ぎているんですね。

相手が土足で、自分のプライベートな部屋の中に入 ...

心軽く生きるヒント

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こころの栄養は、軽く考えます。

今回は、軽く生きるために、ずっと握りしめていると心を重くしがちな3つの考え方を紹介します。

1.「負けたくない」という気持ち
2.「認められたい」という気持ち
3.「知っていたい」という気持ち

では、順番に見ていきましょう。

1.「負けたくない」という気持ち

「負けたくない」という気持ちを手放すと考えると、どんな気持ちになりますか?

人によっては、「つまり、勝ちたい」という気持ちを捨てるということか!?と変換する人がいるかもしれません。でも、ここでは「勝ちたい」という気持ちではなくて、言葉通り、「負けたくない」という気持ちです。

ちょっとした言葉遊びに聞こえるかもしれませんが、とても大切なことなので説明します。

まず、「負けず嫌い」と言う言葉に対して、どのようなイメージがありますか?

根気強いとか、頑張り屋とか、そんなイメージを持つ人もいると思います。自分の強みやアピールポイントとして、プラスに捉えるんですね。

また人によっては ...

自分を知る/認める

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自分の人生に満足していない時の状態と言うのは、「自分は足りない」と思っています。現実にないものにフォーカスしている時です。

満足とは、足を満たすと書いてあります。足がないと思っている状態は、満足していない時です。つまり、「足りない」ということです。

では、何が足りないのでしょうか?

お金?
愛?
役職?
友人?
容姿?
健康?

・・・

その他諸々、色々あると思います。

「足りない」と思っているから、満足しないんです。

なので、人生に満足しようと思う人が、自分の足りないことをさっさと満たせば、満足できると思って、頑張るのですが、完全に罠です。

足りないと思っているから、満足しないのに、足りないものによりフォーカスして、満足をしようとするのは、もっと、余計に「足りなさ」にスポットライトを当てる行為です。結果、より満足しなくなります。

そして、今、足りないことに注目している人が考えていることは、「もう少し足りたら・・・」と言う思考です。 ...

心軽く生きるヒント

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誰でも家族関係を平和にしたいと思っています。

喧嘩が絶えなくて、家族なのにただの同居人のようになっていて、イライラする・・・そんな家族関係では疲れてしまいます。

一人一人違う個性を持つ家族です。
4人家族なら、4人の違う性格の人間がいます。
母親と娘が全く違う性格の持ち主であることは、全然珍しいことではありません。

娘なのに、息子なのに、彼らが何を考えているのかわからないと悩む母親も少なくありません。

夫婦関係では、いつも夫は優しく、理解してくれることを妻たちは望みます。
また、いつも妻に尊敬され、信頼されていることを夫たちは望みます。

でも、現実は、理解しがたいことが沢山起きます。

頼んだ要求は無視されることもあるかもしれません。
その結果、イライラするかもしれません。

イライラを我慢していると、今度は、突然爆発してしまうかもしれません。
そして、今度は怒ってしまった自分にがっかりして、更に不快になるかもしれません。

こんな繰り返しでは、疲れて ...

心軽く生きるヒント

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自分を責めてばかりいると、毎日が苦しくなってきます。
しかも、ひとたび自責の念を抱き始めると、
本当は自分と全然関係ないことにも関らず、
「自分のせいなんだ!」とどんどん責め続ける始末。

今回は、そんな自責の念を解放する考え方について書いていきます。

毎日が本番ではなくて、あえて「リハーサル」と考える

完璧主義だったり、理想へのこだわりが強かったり、
自分の失敗が許せなかったりすると、自責の念に陥りやすくなります。

現実が、自分が「良し」としている状態に進まないと、
仮にその理由は全く他のところにあったとしても、
自分でわざわざ問題を集めて、抱え込んでしまうのです。

逆に言うと、自責の念が強い場合、
理想や完璧へのこだわりが強いのです。

それは、毎日が、まるで何かの「本番」であり、
間違えてはいけない、ミスをしてはいけないという強迫観念に駆られているかも。

うまくいかなかったり、成功できないと、
さらに、こんな自分ではダメだと自己啓発をした ...

心軽く生きるヒント

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今はまるで何事もなかったように相手と付き合えても、実は、過去にその人と、ものすごい喧嘩をしたり、バトルをしたり、不満や嫌味を言い合ったりした背景を持っていることがあります。

今が良ければ全て良しのはずですが、ふとした時に、ふと過去の記憶が蘇ってきたり、なんとなく心の中で保留中になっているような感じがして、気になることがあります。他人であれば、気にならなくても、強いつながりを持つ家族なら尚更です。

今回はそんな時に考えたい3つの事について書いていきます。

1、「そういえば・・・」に潜む罠

親や配偶者に対して、過去のことをふと思い出して、「そういえば・・・」と話を切り出したくなる時があります。心の中では、『今、うまくいっているのはいいけれど、そういえば、ああいう問題あったよね・・・。あの問題について何も深く話し合っていないよね。』と考えて、整理したいような気持ちになるのです。

今、目の前で、何か問題が起きているわけでもないのに、自分のタイミングで、自分の都合で、「そういえば・・・」と切り出し、過去のことについて話し合おうとするのは、自己都 ...