【人間関係の悩み】「言わなくても分かって」と思う時は、境界線が必要なサイン
今回は、「言わなくてもわかって!」
という思いについて取り上げたいと思います。
「言わなくてもわかって!」こんな気持ちになったことはありますか?
実は、この感情を手放せると、ずいぶん心が軽くなるもの。
まず最初に、「言わなくてもわかって!」は、共通語ではないという事実。
実際は、「言わないとわからない」です。
残念ながら。これは仕方ない。
もちろん、確かに、言わなくてもわかる人って本当にいるんです。
察するのが上手な人ですね。
一緒にいて、以心伝心。
何でも気が合う。
もう、奇跡みたいな人です。
でも、それは例外。
そして、心の中で、
「言わなくてもわかって!」
って思うあなたも、きっと察する側の人。
もちろん、その察しが合っているか・間違っているかは別として、
基本的に人間関係において「察する」ことをたくさんやってきたはず。
人って、自分が無意識にでもやっていることを、
つい他の人にも求めてしまうもの。
あ、あの人困っているだろうな…だから○○しよう。
あ、こう言うと傷つくだろうな…だから○○と言おう。
などなど。
相手が(本当に)そう思っているかは別として、
(↑ここ、地味に重要です。)
察する…をついやってしまう。
ちなみに、「言わなくてもわかって!」の気持ち、
私もよく持っていました。
特に夫に対してです。
家族に対しては、甘えが出てきてしまうんですよね。
「言わなくてもわかって!」というのは、
実は境界線が必要なサインだと認めてからは、
面倒くさがらず、コミュニケーションを心がけました。
まずは自分が察しの癖ばかりやっていないかを認識すること。
察しの癖って、結局のところ「思い込みが強い」ってことにも。
あ、「言わなくてもわかって!」と思ったなと気づいたら、
まだまだ自分が察している癖を実行している証拠。
あえて、察さない。
=丁寧に、面倒くさがらず、コミュニケーションをとる。
ということです。
でも、日本人は察しの文化では?
と思うかもしれません。これは、気にしなくて大丈夫。
この意味は、むしろ配慮できるとか、親切とか、
気遣いや心配りができるってプラスの面で捉えるだけでいい。
決して適切なコミュニケーションをとらないことを、
後押しするものではありません。
「言わなくてもわかって!」という気持ちが湧いたとき、
それは相手を責めるサインではなく、
自分がどれだけ察し続けてきたかに気づくタイミング。
察することをやめる、ではなく、
伝えるかどうかを、自分でちゃんと選んでいく。
それもまた、自分に引くやさしい境界線です。
もし今、
□考えすぎて頭が疲れている
□何が嫌なのかは分かるのに、どうしていきたいのかを明確に言葉にできない
□これからの方向性を整理し、現状にもっと満足できるように変えていきたい
と感じていたら、
もやもや言語化セッション(自分の考えと境界線を整理する1対1の対話)で、
一人で考え続けてきた気持ちや思考を、対話を通して外に出しながら、
一緒に整理していきます。
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