怒りの感情との向き合い方|怒ってしまう自分を責めていませんか?
「また怒ってしまった」
「怒りがコントロールできない」
「怒るなんて幼稚だ。まだまだだ…」
などと、怒ってしまう自分にイライラしたり、自己嫌悪を抱いていませんか?
今回は、怒りという感情との向き合い方について取り上げたいと思います。
喜怒哀楽なのに、なぜ怒りだけ悪者に?喜怒哀楽という言葉があります。どれも感情なのに、日常の中で、喜びや楽しさ、嬉しいことは「良いもの」として大歓迎されるのに、悲しみや怒りは「良くないもの」として扱われてしまうことがあるんです。
感情に良い・悪いのジャッジを下すことは、日々の平穏を壊すきっかけになってしまいます。
こんな話をすると、「じゃあ感情の起伏がないようにすればいいんじゃないか」と考える人もいるんです。楽しいことがあっても、あまり楽しまないようにすれば、悲しいことがあっても、あまり悲しくならないのではないかと考えるんです。でも、この考えのベースにあるのも、やはり感情の良い・悪いというジャッジです。
感情をコントロールしようとする。でも結局、コントロールしようとすれ ...
「なんでそういうことするの?」夫婦喧嘩の裏にある、すり替わった「ひとつ」の意味
「なんでそういうことするの?」
子育てのこと、夫のちょっとした態度。
些細なはずのことが、気づいたら大きな喧嘩になっていた。そんな経験はありませんか。
今回は、夫婦喧嘩の中にある「察してほしい」「わかってほしい」という気持ちの正体について取り上げたいと思います。
「なんでそういうことするの?」の裏側まず大前提として、男と女は同じ「人間」という箱に入っているだけで、中身のOSが違うんです。
一緒にいる、一緒の時間を過ごしてきたことは、確かなこと。でも、そのことだけで、相手にマインドリーダー(心を読んでくれる人、言わなくても分かってくれる人)かのように期待しすぎてはいないか?この質問は、とても重要なものです。
違う生き物なのに、心を読めることを期待する。そのギャップが、「なんでそういうことするの?」という気持ちを生み、些細なことを大きな喧嘩に変えてしまいます。
「ひとつ」が「思い通り」にすり替わるとき例えば、食事のこと、子育ての方針、夫の普段の生活の仕方や態度、実家の親戚への対応の仕方。
もし ...
自己否定で疲れ果てていない?自分いじめのループから抜け出す方法
なんでもっと寛大になれないんだろう。
なんでもっと切り替えられないんだろう。
なんでもっと手放せないんだろう。
なんでもっと楽に生きられないんだろう。
そんなふうに、自分をダメ出ししていませんか。
今回は、起きた出来事そのものよりも、その出来事に対する自分へのジャッジが二重に自分を傷つけているということについて取り上げたいと思います。そして、その二重の傷つきから自分を守る方法もお伝えします。
小さな出来事が、自己否定の渦に変わる仕組み例えば、こんな出来事があったとします。子どもが机の角に頭をぶつけてしまった。
起きたことは、それだけです。でも多くのお母さんは、ここからこう考え始めます。「痛かったよね、次から気をつけよう」「机の配置を変えよう」。ここまでは、とても健全な反応です。
「なんで私はこんなに不注意なんだろう」と思うことも、実は普通のことです。大切な子どもだからこそ、「もっとかばってあげればよかった」と思うのは自然なことです。
問題は、その先です。そこからさらに、悶々と頭の中で失 ...
考えすぎて苦しいあなたへ | 「考える」と「悩む」の違いを知るとラクになる
「考えすぎてしまって、いつも頭が疲れる」
「悩み始めると、ずっと同じことをぐるぐる考えてしまう」
そんなふうに感じていませんか?
今回は、「考える」と「悩む」の違いから、思考のループから抜け出すためのヒントについて書いていきます。
「考える」と「悩む」は似ているようで、全く違うもの。
「考える」は、目的に向かって現実的な行動を導き出すプロセスになりますが、「悩む」は、同じ思考を何度も繰り返して、堂々巡りになり、結論が出ない状態です。
たとえば、「転職した方がいいかな?」という問いを持ったとき、
・必要なスキルを調べる
・求人を見てみる
・話を聞きに行ってみる
などの行動につながるのは「考える」と言えます。
一方で、
・「失敗したらどうしよう」
・「でも今のままも嫌だ
・「でも、だからと言って…」
と頭の中で何度も同じ言葉を繰り返して、動けなくなっているのは「悩む」です。
「 ...
悪夢を見た原因を考え過ぎてしまう時は?|「知らん」で次に進む
悪夢をよく見てしまう。どうしたらいいのか? ―想いの箱から
今回は、「悪夢をよく見てしまう」というご相談について答えたいと思います。悪夢って、起きた時に嫌ですよね。その瞬間にパッと、「なんでこんな思いをしてしまうんだ」「なんでこんなのを見てしまうんだろう」と思うことがあると思います。
例えば私の例ですと、母にものすごく恐ろしい顔をされた夢とか、父が私の苦しんでいるのを笑っていたりとか。
別に、父や母との間に、今現在進行形で何かひどいことが起きているわけでもないのに、そんな怖い夢を見たことがあるんです。
以前そんな夢を見た時に、「どうして父と母のこんな夢を見てしまうのか?」と考え始めてしまい、過去にものすごく両親と喧嘩した時のこととか、自分が両親の言動に傷ついた時のこととか、そんなことをごちゃごちゃ思い出して、分析し始めてしまったことがあったんです。
そもそも、悪夢を見たって鮮明に覚えているのは、朝の時間ですよね。その貴重な朝の時間を、「なぜ私は悪夢を見てしまったのか?」「しかも ...
「私はこう感じている」|感情を所有することが、自分を取り戻す第一歩
「境界線を持つ」とは、自分の「やりたい」「したい」という感情を、きちんと“自分のもの”として受け取ることでもあります。
⇒境界線を持つとは、自分の「やりたい・したい」の感情を所有すること
私たちは時に、感情を素直に受け入れたり、表現したりするのが苦手です。
「どう思われるか怖い」「関係が壊れるかもしれない」
そんな不安から、心にフタをしてしまうんです。
すると、いつまでも心の奥に本当の気持ちが残り続け、気づけば「自分は何がしたいのかさえわからない」という状態に陥ってしまうんですね。
頭ではわかっているのに、できないときに起きていること
「言えない」ことで、心の中に起きていることたとえば、こんな思考のループが起きます。
本音を言うと → 関係が悪化するかも → だから言わない→ 偽りの思いで関係が進む → 次第に自分の気持ちと乖離する
正直に話すのが怖いことがあると思います。でも、正直さを避けると、うわべだけの関係しか築けないのもまた事実です。そして、気づけば、何だか自分を演じているよう ...
感情を抑え込んでしまう人へ|怒りや悲しみを受け止めるということ【私の猫の例】
私の猫が血液検査を受けて、家に帰ってきた時の話をします。
これは、「感情を表現する」という内容の具体的な例になると思うからです。
⇒関連記事:考えすぎて「自分がどうしたいかわからない」時に大切なこと
私の猫は、定期的な予防接種に加え、日本に帰国する時に待機期間を経ることなく帰国できるようにするためには、血液検査が必要でした。
けれど、夫に連れられて獣医に診てもらいに行ったものの、なんと何もせずに帰宅。なんと猫が暴れて、血液検査の針が刺せなかったということです。睡眠薬を渡され、3日後に再びトライするように言われたということです。
車での移動で、かなりの壮絶なストレスを感じたのか、帰ってきた猫は疲れ切っていました。そして、何も成果なし。私はとてもかわいそうに思い、同時にうまくやってくれなかった病院に若干の怒りを感じました。
そして3日後。再び夫に連れられて、挑戦。今度はできたとのこと。でも、夫のメッセージからは「なんとかできた。」というニュアンスがにじみ出ていました。そう、今回も必死の格闘の末にできたということです。 ...
考えすぎて「自分がどうしたいかわからない」時に大切なこと
頭の中でごちゃごちゃ考えたり、なんであんなこと言われたのか? 言ったのか? と考えたり、人間関係において、夫婦関係において、本当はどうしたいのかもわからない……
そんな気持ちになっていませんか?
本当はどうしたいのかは分かっているけれど、分からない!?まず最初に、本当はどうしたいのかは、ほとんどの場合、分かっています。私は1対1のセッションをやる時に、ゴールは何か、本当はどうしたいのかをあらかじめ聞いています。
ほとんどの方が、言葉で明確に書いてくれています。とても分かりやすい、シンプルなものです。
たとえば、夫に対してもっと境界線を持ちたい、もっと人間関係を良くしたい、自分ごとに集中できるようになりたい、自分を大切にしたい、他の人の顔色ばかりをうかがうのをやめて自分の味方になりたい……などなど。
言葉でしっかり書いてくれているんです。
なのに、セッションが始まって、話をしていくと、途中で、
「もう、本当はどうしたいのかもわかりません。」
「でも、本当はどうしたいのかわからなくなっています ...
夫が子育てに口出ししてくるのが嫌なとき|「境界線の違い」と考えると夫婦関係が楽になる
自分が洗面所にいる時、2歳の娘が洗面所で私のものを触っていることがある。
私としては、支度をして化粧して、とやれるタイミングでテキパキやっていきたいのに、夫が娘に「それは触らない」とか、「洗面所はダメ」的なことを言ってくるのが腹立たしい。
こっちとしては、娘の行動も分かりながら、やれることをやっているし、触っていいものを触ってもらっているだけ。
逆に、そうしてもらってないと、結局、自分が娘に構わないといけなかったり、娘の反発のやりとりをしないといけなくて、余計に時間がかかる。夫の口出しがうっとうしい。
娘を泣かせず、器用に、代替案があるわけでもないなら、いちいち発言してこないでほしい。でも、そうやって私が強く言い返したりすると、そもそも私がいろいろなものを触らせるのをOKにしているから、やり続けるんだとか向こうも言ってきて、結局、けんかみたいになるのが疲れる。
【想いの箱】
母親と父親では、娘に対する「OK」の範囲が違う母親なら、そういう場面っ ...
親に「助けて!」と言えないのはなぜ?気軽に頼れない気持ちについて
親に対して、気軽に「助けて!」と言えますか?
それとも何とか自分で解決しようとしますか?
本当なら、せめて親にくらい、気軽に「助けて」と言いたい。
けれど、何となく抵抗がある。
今回、親に対して気軽に簡単に「助けて!」と言えない気持ちについて、3つの理由を取り上げたいと思います。
➀親に対して、「助けて!」というより「助ける」役割をしてきた大人になって、なぜかいつの間にか立場逆転。
「自分が親を助けないと」って、そんな使命感や義務感をどこかで身に着けてしまっていませんか。
親が病気だから。
親にあれをやってもらったから。
親からこう言われたから。
親はできないから。
理由は様々。けれど、いつの間にか親の気持ちをくんだり、意向に応えたりすることが、
デフォルトになっている可能性があります。
本当は、自分にも新しい家族がいて、優先順位は変わっているはずなのに、現実の調整がついてきていない感じです。
既に、長い年月をかけて、自分が助ける
