距離を置きたいと思うこと自体が、もう境界線
今回は、人間関係において、「距離を置きたい」
という気持ちについて、取り上げたいと思います。
まず最初に、「距離を置きたい」と思うこと、
このこと自体が、もう境界線が発動しています。
親子関係、義両親との関係、親戚関係、友人関係など。
もし、「距離を置きたい」と感じたなら、
それは、丁寧に扱うもの。
今回は、この気持ちから具体的にどう行動していけばいいのかという視点で、
見ていきます。
目次
心がアラートを出しているサイン
まず最初に、そもそも「距離を置きたい」という気持ちは、
とっても心が安らかだったり、元気な状態とか、
自分がワクワクして楽しい状態の時には、起きないんですね。
「距離を置きたい」という気持ちが出てきているということは、
何かしらのことが、自分の精神に負担になっている。
我慢を強いられている。もしくは我慢している。
価値観にそぐわないことがある。
何かしらの違和感があるわけなんです。
なので、まずそこはちゃんと認めること。これはとても大事です。
時に、何が自分をこんなにも「距離を置きたい」気持ちにさせるのか、
ということを一言で表現できない。
うまく自分の中で整理できていなくて、まだ言語化ができない時もあります。
そこは焦らないことがカギ。
何かしらの、「何」が明確でなくても、
「距離を置きたい」気持ちは、十分機能します。
そしてもう一つ、「距離を置きたい」ということを大げさに考えないこと。
「距離を置きたい」というのは心がアラートを出している状態です。
何かしら自分を守るために、これ以上自分が疲労しないために、
休憩をとりたいと言っているのと同じなんです。
「距離を置きたい」気持ちを大げさにしない努力
実際は、「距離を置きたい」と思っているにも関わらず、
ここで大げさに考えてしまうと、
とはいえ、親なんだから!
切っても切れない関係なんだから!
義両親なんだから、結婚している以上は仕方ないじゃないか!
毎日顔を合わせる会社の仲間なんだから!
と、色々と現実的なことが出てきます。
でもこれって物事をものすごく白黒で考えてしまっていて、
「距離を置きたい」という気持ちにすぎなかったのに、
まるで一生関わるか関わらないかのような、
そういう二者択一の選択に変えてしまっているんですね。
距離を置きたい気持ちっていうのは、
一旦この関係と休憩したい。
言葉通り、「距離を置きたい」です。
距離を置いた後、別の形で関係が回復していくか、
静かに関係が閉じていくか、また自分の気持ちや向き合い方が変化していくか、
これらは全部「距離を置いた」後の話。
距離を置く前から、あれこれ先を考えてしまうと、
窮屈な二者択一に自分を縛ってしまい、
余計に気持ちが重くなってしまいます。
「距離を置きたい」までに、何かしらが蓄積したことは事実ですが、
ここは、スムーズな境界線のために、大げさにしない努力、
つまり、「距離を置きたい」気持ちを、
そのまま「距離を置きたい」ままにすることは大切です。
無理のない形で、現実的に距離を置く
そして、実際に距離を置いていく。
1週間に1回の頻度で会っていたのを、2週間に1回にする。
メールのやり取りを頻繁にしていたのを、必要最低限に減らす。
これらはすべて実践的な距離を置いていく行為です。
距離を置くときに大切なのは、
「相手に納得してもらおう」としすぎないことです。
何かを説明しきれない自分を責める必要はありません。
まだ言語化できていない段階で距離を置くことも、
境界線としては十分に機能しています。
境界線は、一度引いたら終わり、ではありません。
今は距離を置く。それだけでいい時期もあります。
近づくか、さらに離れるかを決めるのは、心が落ち着いてからで十分。
「距離を置きたい」と思った自分を、まずは否定せず、
そのまま扱ってみてください。
それ自体が、あなたの人生にとって大切な境界線ですよ。
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