家族の平和作りは不完全さを認めること

2019/07/04気持ちとの向き合い方

誰でも家族関係を平和にしたいと思っています。

喧嘩が絶えなくて、家族なのにただの同居人のようになっていて、大切だけどイライラする・・・そんな家族関係では疲れてしまいます。

一人一人違う個性を持つ家族です。4人家族なら、4人の違う性格の人間がいます。母親と娘が全く違う性格の持ち主であることは、全然珍しいことではありません。

娘なのに、息子なのに、彼らが何を考えているのかわからないと悩む母親も少なくありません。

夫婦関係では、いつも夫は優しく、理解してくれることを妻たちは望みます。でも、現実は、なぜこのタイミングにこれをするのか理解しがたいことも沢山おきます。頼んだ要求は無視されることもあるかもしれません。イライラして、本当はそこまで怒らなくていいことに、突然爆発してしまうかもしれません。そして、今度は怒ってしまった自分にがっかりして自責の念に陥ってしまいます。

こんなことでは、疲れてしまいます。不安や心配、怒りに押しつぶされた家族関係では、次第に疲弊し、自分の毎日を充実させようとする気持ちも、夢に向かって前に進もうとする勇気も打ち砕かれてしまいます。

家族が健全であるかないかによって、進むべき人生が180度変わってしまうと言っても、決して過言ではないでしょう。

では、どうすればいいのでしょうか?

もし、あなたが今の家族関係に満足していない、愛が足りない、家族は平和ではないと思うのなら、必要なことはその「不完全」さを作り出している一人一人の「不完全」さを認めることです。

家族は、構成員でできています。4人家族なら4人、5人家族なら5人です。この人数が集合して、家族ができています。

全員が「完全」であるならば、「完全」な家族ができます。でも、こんなことは決してありえません。全員が互いを愛し、尊重しあい、嫌なことも口に出さず、自分の都合を優先せず・・・そんなことを四六時中できたら、確かに家族は平和になるでしょう。

でも、それは時として難しいのです。誰でも、環境の中で、人間関係の中で、様々な感情を味わいます。時には傷つきます。時には傷つけます。

それでもそこから学びながら少しでも向上しようと、人は成長していきます。これは人間の根源的な欲求です。そのペースは様々、そのタイミングは様々です。

そして、まさに関わっている家族は全員が「成長過程」にある人間の集合体です。失敗します。挫折します。凹みます。落ち込みます。うつになります。自暴自棄になります。時にはそうなります。それでも、前に向かって歩んでいこうとする。落ち込んでいる時は、人に助けられ、自分が元気な時は、人を助けます。

みんな不完全です。どこまで行っても、不完全です。

それなのに、人は物差しを持って、他人の優劣を測ります。

家族の平和づくりはこの「不完全」さを認めることです。あの人は不完全、でも、私も不完全。こう認められた時に、他人に対する物差しがすっとなくなります。

自分も不完全で、他人も不完全。その時、他人を赦せるようになります。そして、大切なのは、自分が持っていた物差し」も同時に手放すことです。

私の不完全さは、あの人の不完全さよりも小さい、あの人の不完全さの方が大きいなどと物差しを持って、測ろうとしてしまうと再び問題が起き、いつまで経っても平和にはなりません。

誰も、人間の不完全さの大小は測れないのです。測れないものを勝手に測るから問題が起きます。ある人が、大声で怒鳴って花瓶を割ったことと、心の中で、誰にも気づかず、「あんな人いなくなればいいのに」と思うことのどちらかより悪いか、どちらがましかなんてことは誰もわかりません。勝手に自分で都合がいいように判断しているだけです。

人は目に見えることと、自分の価値判断で勝手に物差しを持って、人を測ります。それをし続ける限り、決して家族の平和は来ません。

私は不完全。あの人も不完全。そしてその大小は私たちにはわからない。

これが、平和な家族を作るための一歩です。