境界線を大切にするってどういうこと?―夫婦・日常で自分に戻るためのヒント
私は境界線のことを日々発信していますが、境界線って本当に日常の中で具体的にやっていこうとすると、簡単なモノでもないなって思う時、たくさんあります。正直、しんどいなって思うときだってあるんです。
なぜかというと、境界線を機能させることって、本当に自分に戻っていくことなんですよね。自分自身になっていくこと。自分がどうするかっていうことを常に考えていく。ものすごく主体的な生き方。これが求められていくし、変化が求められていくんですよね。
実は私の夫は、ジグソーパズルが大好きなんです。そして彼はジグソーパズルが大好きなだけあって、本当に熱中するときは熱中します。何日かかけて千ピースとかをつなげるんですね。
一方の私は、ジグソーパズルは好きも嫌いも、そもそも何のためにするのかすら意味がわからないぐらい。子どもの遊びで10ピースぐらいのパズルを一緒に付き合うならまだしも、ひとりでコツコツとパズルを積み上げるなんて、理解できないんですね。
ジグソーパズルに限らず、人それぞれ熱中するものってたくさんあると思うんですよ。
例えば、ある人はゲームに熱中するとか。私だったら、動画をよく見てしまうとか。私がたまに見てしまうペットの動画だったり、面白おかしい親子の会話のショート動画だって、私が夫のジグソーパズルに感じるように、何でそんなものを見てるのか全く分からないっていう人だって、もちろんいるはずです。
私の中の好きなもののカテゴリーとして、ジグソーパズルというのがないだけ。でも夫にとっては良いストレス発散方法だし、彼の趣味だし、私がYouTubeで動画を見るのと同じくらい、彼にとっては彼の楽しいものなんです。
なのに、時にイライラしてしまうと、ジグソーパズルは場所を取るし、ピースがいつも中途半端な状態で置かれてるし…なんて、そんな批判的な気持ちになって、普段ならどうでもいい細かいところに目が行ってしまったり。
まさにこういうところって境界線ですよね。これは夫の趣味、夫のやり方、夫の好きなこと。
境界線がしんどいって思う時って、自分の価値観、自分のやり方、自分の性格、自分のタイプ、そういったものに合わせて欲しいっていう、いわゆる自己中心性がすごく前面に出てきてしまうときだと思います。
境界線の前提は、自分は自分、人は人。つまり、人は自分とは違うっていうことをちゃんと前提として受け止めて、他人が他人のままであることをちゃんと尊重するっていうこと。
他人は、自分の価値観や自分の性格、自分のやりたいことと相反することが合って当たり前。そこで「やっぱり他人のものだから」って、ちゃんと他人に戻すって、すごく他人を尊重する行為なんですよね。
そして、よりよい人間関係には必要不可欠なもの。なぜかというと、夫婦関係はいい関係でありたいし、人間関係を通して、人は本当に人生を豊かに味わって、喜びを分かち合っていくわけだから。
だからこそやっぱり、境界線をもつ、自分に戻っていく、本当にこの繰り返しだなって思うんです。
もし、境界線を実践していく中で、なんかしんどいなあと思ったら、それは本当にこの相手との人間関係を大切にしようとしているんだなと気づく時。
私たちは孤独では生きていけないし、結局、自分の好きなように、自分のやり方で、自分の気が合う人だけを集めるなんて妄想もいいところ。そんな完全に自分に100%合う人は世の中に一人もいない。それをもし求めてしまうなら、結局孤独に生きることになってしまいます。
だから改めて、境界線を大切にしていくってことは、豊かな人間関係を築いていくためにとっても大切で、そしてちゃんと自分に戻っていく人生につながると感じています。







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