前提を無視した比較が、あなたを苦しくする ―「人は人、自分は自分」の本当の意味

人間関係と境界線

他人と自分は全然違うにもかかわらず、
ある一部だけを切り取って、比較をしてしまう。

そして、苦しくなる。
その気持ちはとっても自然なもの。

ただ、比較について考える時、精神論で片付けるのではなくて、
比較が成立する条件がそもそも揃っていない
ということを改めて確認すること。
これは、とても大切なポイントです。

今回は、以前書いた「身近な人と比べて苦しくなるときに起きていること」を、
境界線のテーマから取り上げたいと思います。

「積み上げられた期間」という視点

ある相談者さんが、自分の義理の兄弟のビジネスでの成功について、
自分と比較してしまって、苦しくなってしまうという話をされていました。

義理の兄弟に比べると、自分は転職を繰り返したり、
職についていない期間も長くあったり。

相手の輝かしい役職があまりにも眩しすぎて、
自分を小さく見てしまうということです。

まず最初に、相手が今“語れる立場”にいるのは、

  • 何年も
  • 生活フェーズが比較的安定している時期に(何かしらを犠牲にしながらも)
  • 集中力と時間を投下できた

連続した期間があったから。

ここがポイント。

積み上げは、才能ではないんです。
積み上げとは、「途切れなかった時間」のこと。

一方で、相談者さんはどうだったかというと、

  • 人生の中で、優先順位が何度も変わるフェーズ
  • 感情の波が強い
  • 現在は妊娠・育児という最優先事項がある

連続した“無傷の時間”がなかったんです。

これ、いい悪いじゃないんですね。
一人ひとりの人生、ただそれだけの話なんです。

相談者さんは、家族の世話、周りとの人間関係、
自分の心、周囲の人との関係、こういったものを、
たとえ無意識でも、丁寧に選んできた。

だから、義理の兄弟と別のものを選んだだけ
それだけのことなんです。

これが、比較が成立する条件がそもそも揃っていない
ということ。

人生のフェーズは、人それぞれ。

境界線というのは、他人は他人。自分は自分。
と、ちゃんと線引きをすること。
比較で苦しんでしまう時、
前提条件がごちゃ混ぜになっているケースがほとんどです。

相手の経歴を見て、過去こうしていれば…と思うのも違う。
なぜなら、あなたはその相手ではないから、
そもそも、相手の価値観と違うし、相手の選択をしない。

自分自身が自分の人生を振り返って、後悔するのと、
誰かの他者と比較して後悔するのは、全然違う話なんです。

人生のフェーズは、人それぞれ。

登山中の時は登山中であることを認める。
長距離走ができる時は、長距離走を継続する。

登山中の時に、
マラソンのタイムを競わせるような比較はやめていく。

比較がそもそも比較になっていないからですね。

比較しても、その後またちゃんと自分に戻る

もし、誰かと比較して、
気持ちが暗くなったり、自信を失いそうになった時、
前提条件は何なのか、そして、そもそもそんなに相手のことを知っているのか。
こういった位置に戻ること。これが大切です。

そうやって、再び自分の人生に集中していくこと。

比較してしまってもいい。比較があって当然。
でも、自分が何をどう認識しているのかに気づき(自己認識を整え)、
再び、自分の人生のレースに戻っていく。
この繰り返しで大丈夫です。


もし今、
□考えすぎて頭が疲れている
□何が嫌なのかは分かるのに、どうしていきたいのかを明確に言葉にできない
□これからの方向性を整理し、現状にもっと満足できるように変えていきたい

と感じていたら、
もやもや言語化セッション(自分の考えと境界線を整理する1対1の対話)で、
一人で考え続けてきた気持ちや思考を、対話を通して外に出しながら、
一緒に整理していきます。

▼ いきなり申し込むのが不安な方へ
事前に質問・相談してみる(1〜2往復)
セッションの進め方を確認する


境界線と自己認識のテーマを中心に、
内面の整理をサポートしているNaoです。▶ プロフィール

◎ブログに関するメッセージおよび質問やコメントは、
想いの箱からお願いします。

◎このサイトでよく取り上げている境界線って?
人間関係の境界線とは?をご覧ください。