【干渉する・される】“私は何様?” から始まる、干渉を手放す人間関係
人間関係の衝突のひとつに、「相手への過干渉」があります。
妻が夫に、親が子どもに、姑が嫁に…関係はさまざまです。
例えば、すでに独立した子世帯の生活に口を出す。
相手の服装にいちいちケチをつける。
自分が経験してきた価値観や基準をそのまま相手に押しつけ、行動を見張る。
これらはすべて干渉です。
そして怖いのは、こうした干渉に慣れてしまい、違和感すらなくなること。
干渉が「普通」になってしまうと、そこに信頼関係は育ちません。
干渉する側・される側、どちらも疲弊していきます。
今回は、そんな過干渉について取り上げたいと思います。
目次
人の「干渉をしたくなった」ら、問いかけてほしい質問
相手を干渉していることに気づいた瞬間に立ち止まって、自分に問いかけると有効な言葉がります。それは、「私は何様?」
干渉とは、相手のやり方にケチをつけること。
相手の好みや選択を否定すること。
つまり、それは “相手を否定する行為” です。
「私は何様?」
すると、ふっと一呼吸おける。ふっと他人との境界線を思い出せます。
干渉が不毛な理由
干渉がなぜ人間関係の軋轢を生むのか?
それはシンプルに、「相手から求められてもいないのに、相手を変えようとする」ことだからです。
- 変えさせられようとしている側 → 不満・怒りが残る
- 変えたい側 → 変わってくれないことで不満・怒りが残る
どちらに転んでも、不満と怒りだけが残る。
本当に不毛です。
さらに、干渉している人の心の奥には、干渉することで「自分は相手を変えられる」
という勘違いがあります。
この上からの態度が、なんとも歪で、夫婦関係、親子関係に影響してきます。
干渉してくる人にはどう対応すればいい?
ここは面白いところなのですが、「干渉してくるる人の対応」は、まず自分自身が干渉をやめていくことです。
人格否定はやめる。
人の好き嫌いをどうこう言うのをやめる。
自分が干渉をやめる人になると、自分自身が自分の人生に集中できるとようになってきます。
人のことで忙しくしなくなるからです。
すると、何が生まれるかと言ったら、余白、ゆとりが出てきます。
余白、ゆとりが出てくると、ちょっと先延ばしにしていたあれもやってみようか、本当は欲しかったこれを買ってみようかとなってきます。
すると、また自分が満たされていきます。
そうやって自分が整っていくと、「干渉してくる人」がいても、「そうですか…でもこれが私ですから。」って穏やかに対応できるようになるんです。
人に合わせてしまって自分軸がない!?「これが私ですけれど、何か?」を持つ
干渉をしてくる人に、干渉をストップさせようとすることも相手へのコントロール。それもそれで、疲れます。
【親切?アドバイス?コントロール?がうっとうしい!?】お節介な人との向き合い方
残念ながら、悪口やネガティブな発言を繰り返さないとやっていけない人もいるんです。そこに飲み込まれない。
今まで、干渉してきた人に反発してしまっていたのは、自分自身にも余裕やゆとりがなかったから。
自分が満たされていくと、自分に否定的な関心を持つ人とも自然とうまく交わせるようになるんです。








ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません