「境界線を持ち始めたら、人が離れていった…」そんな寂しさとどう向き合う?
「もう我慢するのはやめよう」
「自分を大切にしよう」
そう思って、少しずつ人との距離感を見直し始めたとき。
ふと気づくと、関わる人が減っていた。
以前は毎日やり取りしていた人と、ぱったり連絡がなくなった。
誘われることも、頼られることも減ってきた――。
そんな状況に寂しさを感じて、
「これって間違っていたのかな?」と不安になることがあるかもしれません。
でも、それは「失敗」でも「間違い」でもありません。
ただ、あなたの生き方が、少し変わり始めているだけです。
目次
境界線=絶縁? それは誤解です
「境界線を持つ」と聞くと、極端に受け取ってしまう人もいます。
たとえば…
- もうあの人とは縁を切る
- 距離を置くなら一切関わらない
- 自分を守るには、人を遠ざけるしかない
こうした考え方は、一見「自己防衛」のように見えて、実は白黒思考です。
付き合う or 付き合わない。ゼロか百か。全部か、全部ナシか。
でも、現実の人間関係ってそんなに単純じゃありません。
その極端さが一番しんどいのは、自分自身だったりします。
境界線は「関係を断つこと」ではなく「自分を知ること」
本当の意味での“境界線”とは、
人と人のあいだに厚い壁を立てることではありません。
むしろ、自分と他人のあいだに「見えない線を引く」ことで、
自分の感情・責任・エネルギーと、相手のものを分けていく作業です。
たとえばこんなふうに。
- 「私は今、こう感じているんだな」
- 「これは、私が抱えるべき問題じゃなくて、相手の課題なんだな」
- 「私はこれ以上、頑張らなくてもいいのかもしれない」
このように自己認識を深めていくことが、境界線のスタート地点です。
他人にどう接するかを決める前に、
まずは「自分の感じ方」「自分の限界」「自分の責任」をしっかり見極めていく。
それができてくると、
他人と関わっていても、必要以上に引きずられなくなります。
無理に頑張らなくても、適度な距離感でつながることができるようになります。
それでも寂しさを感じるのは自然なこと
とはいえ、関わる人が減ったように感じたり、
これまで当たり前だったやり取りがなくなると、
どこかぽっかりとした孤独を感じるのもまた自然なことです。
でもそれは、
「我慢でつながっていた関係」や「役割で保っていた距離感」が、
少しずつほどけ始めているということ。
自分をすり減らしながら保っていた関係を手放すと、
最初は“空白”が生まれるものです。
でもその空白は、「間違い」や「失敗」の印ではなく、
これから自分にとって本当に心地よい関係を育んでいくための、余白です。
いきなり完璧に引こうとしなくていい
境界線を持つと決めても、
- 「これはOK/これはNG」
- 「ここまでは受け入れる/ここから先はもう無理」
そんなふうに、明確に線を引けるわけではありません。
ましてや、今まで築いてきた人間関係にいきなりシャッターを下ろす必要なんてない。
それは逆に自分を追い込むことにもなります。
大切なのは、
「いま、この関係が自分にとってどう感じられているか」を丁寧に受け取ること。
- 本当は少し、しんどい
- 断りたいけれど、言えない自分がいる
- 相手の期待に応えなきゃと、無理してしまう
そんな小さな“違和感”に気づけることこそ、境界線を育てる第一歩です。
境界線は「自分を守る」ためにある
最後にひとつだけ、忘れないでほしいことがあります。
境界線は、他人を遠ざけるためではなく、
あなた自身の心とエネルギーを守るためにあるということ。
だからこそ、自分にとって負担になっている関係があるなら、
「いまの私はどうしたいか」を立ち止まって見つめることが、とても大切です。
そのプロセスの中で、もし寂しさが訪れたら、
「私は、ようやく自分に正直になり始めたんだな」とそっと自分に声をかけてください。
完璧じゃなくていい。急がなくていい。
境界線は、あなたの内側から、少しずつ育っていきます。
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