決められないのは、答えがないからじゃない ー「保留中」にとどまりたくなる心理
境界線と自己認識のテーマを中心に、
内面の整理をサポートしているNaoです。
堂々巡りをしてしまうとき、
私たちは「答えが分からない」のではなく、
答えを確定させることに不安を感じている場合が多いんです。
自分の中に、多分「こうだろうな」っていうぼんやりとした答えは既にあるんだけれど、
それが答えをこう何か確定ボタンを押すような、承認するようなことに不安があるんです。
なぜなら、確定した途端、なんだか次のフェーズに進まないといけないような気がするから。
そういう意味では「保留中」って心地よかったりもするんです。
保留中にしておけば、可能性の中に留まれるから。
こうもするし、ああもする。選択肢がまだある。
なんとなく自分の中の手にコントロール権を持っていられる感じ。
でも同時に、時間が経てば、いずれ解決しないといけないという恐れも、
現実的なものとして降りかかる。
更に、ものによっては、時間が経てば経つほど、厄介になるケースも。
そういう恐れが強いと、堂々巡りは更に加速し、
保留中でもなんかうずうずする。
保留中のままでもいけないって感じて、更に堂々巡りしてしまうこともある。
堂々巡りは決して心地いいものじゃない。
決めなきゃいけないものは決めたほうが、よほど気が楽になることもある。
そこには諦めや勇気が必要となることもあるけれど、
最初のほんの一歩だけってことも多い。
同時に、保留中にしておいて、放置すればいいものだってある。
今すぐにどうこう動く必要が無いもの。困っていないもの。
時期が来てからやったほうがスムーズにいくものだってある。
そういう時は、堂々と保留中にしておけばいい。
何も頭の中で常にフル稼働になっているわけではなく、
保留中という引き出しにしまっただけ。
これも立派な決断。
もし、頭の中で同じところをぐるぐる考えてしまう感覚があったら、
一緒に言葉にして整理する時間を用意しています。
無理に答えを出す必要はありません。








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