実家の親のために我慢していない?優しい人ほど自分を後回しにしてしまう理由
ふと気づいたら、自分が親のために何ができるか。
もっともっとこんなことするべきじゃないか。
十分に尽くしていないんじゃないか。
真面目で、優しくて、自分さえ我慢すれば、
もっともっと親の力になれる。
もっともっと親を喜ばせることができる。
彼らを満足させることができる。
心の中で、うすうす「どうして私ばかり」と感じながら、
葛藤する気持ちが湧き上がってくる。
そんな思いに駆られて、結果的に自分を犠牲にしたり、
自分の楽しさや幸せ、自分の落ち着きを後回しにしてしまう。
既に、あなたには第一優先すべき家族がいるのに。
今回はそんな気持ちについて取り上げたいと思います。
そもそもまず最初に、自分自身が楽しくて、幸せで、喜んでいていいってこと。
このことに対して、ちゃんと自分が自分に許可を出しているか。
これが、すごく大事な問い。
少しでも余力があるなら、それをほかの誰かのために使わなければいけない。
そんな風にすぐ反射的に思ってしまうところないですか?
自分自身が少しの余力も受け入れちゃいけない、
どこか強迫観念みたいになってしまっているかもしれない。
もしかしたら小さい頃、自分が楽しかったこと、
嬉しかったことを自由に表現したときに、親から、周りから、
あんまりいい反応をされなかった経験があるかもしれない。
そんなことをしている暇があるなら。
そんな余裕があるなら。
と、心無い言葉を言われたことが、ずっと胸に刺さって、慣れてしまって。
いつの間にか、自分自身が楽しむ余裕を持つことや、ゆとりを持つこと。
そんなことを許可するっていうことを、忘れてしまっているのかもしれない。
ここを思い出す必要があります。
あなたは幸せになっていい。
あなたは楽しんでいい。
あなたはゆとりを持っていいし、
自分のすべての時間を自分自身の人生のために生きていいということ。あなたがあなたに戻っていくことを、世界は歓迎してくれる。
ということです。
この世には、本当にたくさんの人がいます。
そして一人として同じ人間がいないっていうのが事実。
それぞれのピースが必要不可欠で、
それぞれのピースがそれぞれ全身全霊で自分自身になっていく。
自分自身の力を発揮していく。
このことを歓迎してくれる。
だから堂々と自分は自分になっていい。
これがすごく大切な前提です。
だから我慢してしまう時、何か自分を犠牲にしてまで、
苦しい思いを抱えてまで「こうしなきゃ」っていう思いから行動してしまう時は、
結局自分を傷つけてしまっている。自分を否定してしまってる瞬間。
だから苦しい。
でも、ここで一つ、視点を変えてみることもできます。
家族であっても、「できること」と「できないこと」があって当たり前。
そこに境界線を引くことは、冷たさでも、わがままでもない。
「やりたいこと」と「無理をしてやっていること」は違う。
むしろ、ちゃんと自分を大切に扱い、自分の人生に向き合い、
自分自身になっているということです。
もし今、 親のことでどこか苦しさを感じているなら。
それは、あなたが冷たいからでも、足りないからでもなくて。
ただ、自分を後回しにすることに慣れすぎてしまっただけ。
まずは、 自分が楽しいこと、安心できること。
何も生み出さなくても満たされる時間を、
意図的に持ってみる。
少しずつそういう時間を増やしていく。
そうすると、自分が段々整っていって、心も落ち着いてきて。
そうして生まれる人との関わりの方が、
ずっと優しく、お互いにとってもいいものだから。
もし今、
・頭の中が散らかっている
・自分の気持ちや考えを言葉にしたい
・これからの方向性を整理したい
と感じていたら、もやもや言語化セッションで自分の気持ちを丁寧に言葉にする時間を用意しています。
境界線と自己認識のテーマを中心に、
内面の整理をサポートしているNaoです。








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