境界線の持ち方

こころの栄養で、「境界線を持つ」ということは、主要テーマの一つです。今回は親子関係の境界線について取り上げます。

人間関係の境界線

親子関係で、境界線がうまく機能していないと、ほぼ間違いなく問題が起きます。私も随分と長い間、曖昧な境界線の親子関係でした。私から両親への、「親離れ」と、両親から私への「子離れ」。この両方が問題としてあったと思います。

親離れの方は、私は私。親は親として、ちゃんと自ら、親と自分の間に線を引くってことですね。そして、子離れの方は、単純に、親を自分の領域には入れ込まないってことですね。

いつから子供から大人になるのか、これは各家庭様々ですが、18歳、20歳頃からはもう完全に大人でいいのでしょう。

親子関係に適切な境界線を持たず、いつまでも子ども扱いして、構ったり、いつまでも子供でいることに留まって、親が構ってくるのを受け入れていたりしていると、どんどん、癒着関係が広がっていきます。

なので、30代になっても、40代になっても、境界線が全く機能していない親子関係を持っていない人は、普通に ...

境界線の持ち方

小学生の娘が、夏祭りに一緒に行く約束を随分前に、2人の同級生としました。その後、もう1人の同級生が、娘と一緒に行きたいと言ってきて、娘は承諾しました。そして、先週、もう2人の同級生が一緒に行きたいと言ってきて、娘は承諾しましたが、最後に約束した子は、娘が最初に約束をした友人とあまり仲がよくないことが発覚して、困っています。

今回は、育児をしているお母さんの立場の方から相談を頂きました。メッセージありがとうございます。今回は、こちらに回答します。

人間関係の境界線というのは、こころの栄養では、メインテーマの一つです。

今回は、最初は娘さん込みで3人で行く夏祭りが4人になり、そして、6人になったんですね。みんな仲良し6人ならいいけれど、その中で少し人間関係のトラブルがあったようですね。

まず、最初に、約束というものは、口約束であろうが、紙約束であろうが、守ることはとても大切なことですよね。なので、娘さんが、結果的に5人の同級生と「一緒に行く。」という約束をしたなら、約束を守るということはすごく大事で、そうしようとしているからこその悩みで ...

境界線の持ち方

夫婦間における適切な距離感は、とても重要です。今回は、夫婦関係の境界線について取り上げます。

人間関係の境界線

夫(妻)を所有物化しているとは、どういうことか?

夫婦関係において、境界線が機能していない関係性は、どこか、相手を、所有物化している部分があるんですね。「自分のもの」みたいに扱ってしまっているんです。でも、実際は「自分」ではないから、「自分」のもののようにすると、当然、問題が起きてきます。

所有物化しているか、していないかの判断は以下のようなサインがあるかどうかです。

✔︎夫・妻のやることなすこと、気になってしまう、
✔︎夫・妻にこうなってほしいという願望を強く持ってしまう、
✔︎夫・妻にこうするべきだとつい命令してしまう、
✔︎赤の他人だったら、ありえないことをしてしまう(勝手に携帯を覗く、勝手に財布を触るなど)

心当たりあるものはありますでしょうか?

適切な距離を持って、問題を切り離す

夫婦は他人です。夫婦は男と女の一個 ...

境界線の持ち方

境界線を持つとは、自分の「やりたい・したい」の感情を所有することについて、
この「やりたい・したい」という感情をしっかり所有できていないのは、自分の感情を表現するのが苦手であったり、怖かったりするからです。

自分の正直な感情を表現しないから、いつまで経っても、心の中に本当の思いが残ることになります。

(ちなみに、こういうことをずっとやり続けていると、次第に、何が自分の思いなのかも分からなくなってきて、自分の気持ちというものが把握し辛くなり、自分が何がしたくて何を望んでいるのか、自分ですら、分からないという状態になっていきます。)

もし、家族の中で、職場の中で、何か所属しているコミュニティの中で、自分の正直な思いを表現したら、どうなりますか。

もしかしたら、

人間関係がぐちゃぐちゃになってしまう

と恐れているかもしれません。

頭の中では、

正直に本音を言う→関係が悪化する→だから言わない→言わないから、偽りの思いを表面的には演じることになる→偽りの思いを前提に進む関係は、益々自分 ...

境界線の持ち方

シリーズの最終回です。

「私さえ我慢すれば」の思いを捨てること①・・・「自分になっていくこと」について
「私さえ我慢すれば」の思いを捨てること②・・・「自分の万能性を否定すること」について

「私さえ我慢すれば」の思いを捨てること①の記事で、

人が脱いだもの、
人が食べたもの、
人がやるべき仕事、

本当は、心がついてきていないのに、
「私さえ我慢すれば」でやっていませんか?

本来守るべき、自分自身の境界線を放棄してしまうことは、
相手を無防備に、自分の中に受け入れることを意味します。

これは、愛でも思いやりでもないんですね。

どちらかというと、相手の境界線をも崩すお手伝いをしてしまうようなことなんです。
相手も本当は入ってきちゃいけないはずのあなたの領域に知らず知らずのうちに入りこんじゃうんですね。
ただ、これは別のトピックになりますので、また次の記事で書いていきたいと思います。

と書きました。

今回は、ここで書いた「別 ...

境界線の持ち方

前回のテーマの続きです。

「私さえ我慢すれば」の思いを捨てていくことは、自分の限界であったり、自分の境界線をちゃんと守ることにつながりますということを、前回の記事では伝えました。

【人間関係の境界線】「私さえ我慢すれば」の思いを捨てること①

「私さえ我慢すれば」に続く言葉は、やはり、

できる

なんですね。

そして、この「できる」という言葉はとても肯定的で、可能性に溢れているような言葉に見えて、
実は、考え方によっては、危険な香りがする言葉でもあるんです。

というのも、

自分自身の万能性

を認めることになるからです。

自分自身が万能であると認識することは、心にとっては、とても重いです。

なんでかっていうと、万能じゃないからです。

「(人は誰でも)万能にはなれないのに、万能であらなくてはいけない」
と思うことが、とっても重いんですね。

自分さえなんとかすれば、自分さえ努力すれば、

できる
うまく ...

境界線の持ち方

「私さえ我慢すれば」という思いを抱えている方へ。
今回は同じテーマで、3つに分けて書いていこうと思います。

まず1回目は、「私さえ我慢すれば」の思いをちゃんと捨てようということです。

この我慢を捨てることで、自分になっていくということについてです。

心重くなる自己犠牲感「私さえ・・・・」

「私さえ我慢すれば」の思いは、心をとっても重たくします。なぜなら、私さえ我慢すればの後に続く言葉は大抵、「できる」なんですね。

私さえ我慢すれば、何かができる、何かがうまくいく・・・

んですね。

特に家族に対して。配偶者や子供に対して。

すごく我慢して、犠牲を払っているあなたは、日々心が休まらない日々を送っているかもしれません。

こころの栄養は、境界線という考え方を大切にします。

「私さえ我慢すれば」という考えには、たとえ本当は自分が守らなくてはいけない自分の領域内においてでも、相手に対してオープンになり過ぎているんですね。

相手が土足で、自分のプライベートな部屋の中に入 ...