境界線を引くことに抵抗を感じてしまう、優しい人の心理
自分の人生にもっと集中するために、
自分自身を大切にするために、
境界線が大切なことはよくわかった。
でも現実として、いざ境界線を持つとなると、抵抗感がある。
今回は、そんな気持ちについて、取り上げたいと思います。
目次
その抵抗感、とっても普通
いざ境界線を持つって、たとえば具体的にはどういうことかと言うと・・・
断ること。
自分のスタンス、要求、リクエストなどをちゃんと言葉で相手に示すこと。
などなど。
こういう時に、抵抗感があるのって、とっても自然なことなんです。
まして、今までの人生ずっと他人に合わせることをしてきたからこそ、
違和感がある。
そんなことで、逆に人間関係、荒波を一瞬立てるよりも、
これまでのままでいたい。
そう思う気持ち、とっても普通です。
境界線を考える時に、大切にしたい立ち位置
そもそも、境界線って、なんで必要かと言うと、自分自身を守るため。
自分の心、精神、体力、そういうものがすり減ってしまっているという現実に、
ちゃんと境界線を機能させようという話です。
だから心も、精神も、体力も、その人との関係において、元気はつらつで、
とても心地いいものなら、そもそも境界線云々も必要ない話。
だから、次の立ち位置に戻るって、すごく大切なこと。
それは、現実として、○○さんとの関係、疲れている?疲れていない?ということ。
そして、少しストレートに書くと、
あなたが境界線を切実に必要とするくらいの相手って、
申し訳ないけれど、少し変なところがあるんです。
この変の意味は、人によって捉え方は様々だけれど、
あえて言うなら、とにかく相手はあなたとは違う価値観ということ。
あなただったらしないようなことをするし、
もしくは、あなただったらするようなことをしない。
とにかく、あなたには合わないところがある、ということです。
一般論は、そもそも一人として同じ人がいないのだから、
合わない人がいて当たり前。
なんて、正論にすぐにいこうとするんだけど、それが危険。
なんでかと言うと、そうやって、正論で片付けると、
真面目なあなたの心は置いてきぼり。
「そういう人ともうまくできない自分が・・・」
なんて、自分責め、ひどいときは自己否定の方に走っちゃうんです。
そうすると、頭の中でぐるぐる、もやもやしてきて。
行き場を失って。
境界線云々、なんだか重たくなってきて。
ならば一層の事、現状維持。
つまり、境界線が曖昧なままの人間関係を続ける。
そうして、じわりじわり、ゆっくりゆっくり疲弊し続ける…ということに。
一瞬の違和感がありながらも、境界線を引く価値
なので、伝えたいこと。
それは、変な人に対しては、確かに一瞬変にならないといけない時はあるということ。
つまり、いままで、なあなあでOKにしてきたあなたが、
断ること。
自分のスタンス、要求、リクエストなどをちゃんと言葉で相手に示すこと。
って、めちゃくちゃ変なこと。
違和感がありすぎること。
だから、冒頭に書いた通り、抵抗感が出てくるのは、とっても自然なんです。
けれど、ここは通って欲しい。
変な人に対して、境界線を持つとき、一瞬、自分も変な人になる。
それは随分居心地が悪いんだけど、でも、とても価値がある。
なぜなら、そこを通ると、自分の人生にもっと集中できて、
自分の気持ちにもっと正直になれて、自分らしさが湧いてくるから。
だから、そこはそういうもの。
境界線を引くというのは、
誰かを拒絶することでも、冷たくなることでもなくて、
自分の活力や労力といった燃料の使い道を、
「自分で選び直す」というだけのことなんです。
あなたは決して一人じゃない。
もし今、
・頭の中が散らかっている
・自分の気持ちや考えを言葉にしたい
・これからの方向性を整理したい
と感じていたら、もやもや言語化セッションで自分の気持ちを丁寧に言葉にする時間を用意しています。
境界線と自己認識のテーマを中心に、
内面の整理をサポートしているNaoです。








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