LINEの一文を送るのに、何時間も悩んでいませんか?
LINEの文を書いて、送信ボタンの前で指が止まる。そしてしばらく放置。
そんな経験、ありませんか。
この人ともっと親しくなりたいな。繋がりたいな。
自分の思いを共感できる人と繋がりたいと思う。それって、すごく自然なことだと思うんです。
あ、この人と繋がれた。心が通えた。そう思えたら嬉しい。でも、ちょっとしたことがあってすれ違いになってしまったり、関係が終わってしまったりすると、悲しい。そんな、色々あるのが人間関係ですよね。
人間関係において、ちょっと傷つくと、今度はどんどん消極的になって、人と距離を撮りたくなったり。でも、それではどこか寂しかったり。
今回は、そんな思いを取り上げたいと思います。
目次
躊躇の正体⇒相手の頭の中ばかり考えていない?
たとえば、友達を遊びに誘いたいなと思う。でも、そのLINEを送るのに躊躇する。なんで躊躇するんでしょう?
相手も、自分が遊びたいと思っているタイミングで、本当に会いたいと思ってくれているかな。
私からのメールだから、あえて答えてくれているだけなのかな。単純に、拒絶されたらやだな。
躊躇してしまう時って、こんなふうに、頭の中がフル回転してしまっていますよね。相手がどう思うか、相手がどう感じるかなどなど。
相手の頭の中のことでいっぱいになってしまうと、一歩が踏み出しにくくなって当然です。
大事なのは、自分はどうしたいのか
重要なのは、自分が遊びたい。自分が誘いたい。それだけです。自分の思いに、ただ素直になって、行動すればいいだけなんですよね。
相手がどう思うかは、相手のこと。まさに、境界線です。あなたが「遊びたい」と思った。その気持ちは、あなたのものです。この思い、大切にしてください。その思いに素直になること。これが、自分を大切にするってことに繋がります。
究極、相手から認められなかったとして、それが何なの?に戻る
躊躇が生まれる時、あれこれ考える時って、恐れがあるんです。相手と繋がりたい。でも、繋がれなかったらどうしようと。繋がらなかったことを、拒絶と考えてしまうんです。その結果、受け入れられなかったって、傷つくんです。
認められたい。繋がりたい。わかってもらいたい。共感されたい。そういう欲求を持つこと自体は、人としてとても普通のこと。
でも、もしも、相手と繋がれなかったとしても、そもそも、その人に認められること、その人に共感されることって、どれだけ重要なの?ってところに戻ってみて下さい。
あなたがモヤモヤしているエネルギー、時間、イライラ。なんでこんなことが起きたんだろうと悩む、その膨大な時間。その全部を投入してまで、その人に認められることは、あなたの大切な人生を注ぐほど重要なことなのかということなんです。
もっと自分を大事にして大丈夫です。
たとえ、相手から認められなかったり、繋がれなかったりしても、それはそれで「まあいいか」って思えること。ここに戻れることって、すごく重要です。
たとえば、母親との関係。誤解があったり、傷ついたりすることが多いのに、会う頻度も関わる頻度も見直さず、関係を無理して続けている人がいます。傷つきながらも続けている、その関係。本当に、あなたの人生を注ぐほどのものですか。
認められたい気持ち自体は、普通のことです。でも、その気持ちに日常を注ぎ込んで、ぐるぐる悩むのは、しんどいもの。認められたとして一体何なの?ここに立ち返ってみてください。心が軽くなっていくはずです。
このサイトには、人間関係のもやもやを吐き出す「想いの箱」も用意しています。ここに気持ちをぶつけても大丈夫です。想いの箱は、もやもやを受け止めます。
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