夫・妻の好き勝手な行動にムカつく時に考えること

気持ちとの向き合い方

今回は、夫婦間における気持ちのイライラについて、特に、夫・妻の好き勝手な行動にムカついている時の気持ちの向き合い方についてです。

好き勝手な行動にムカつく・・・というのは、夫婦喧嘩のほとんどがこれなのでは?というほど、よくある話です。

ムカついているのは、ほとんどの場合、「思いどおりにならない」ことです。自分が正しいとか、相手が間違っているとか関係なく・・・。自分の考えている通りにしてくれるなら、イライラはしません。結婚生活では、育った環境が違う他人同士が一つ屋根の下に共存することで、これをうまくやるには、自分の「思いどおりにならない」こととの付き合いが鍵になってきます。

相手と一致しないことにいちいち反応していたら、結婚生活はあっという間に破綻です。たとえ努力して、相手と喧嘩を起こさないように、我慢に我慢を重ねて、表向きは平和な家庭に見えても、その感情が押し殺した我慢であるなら、決して幸せではありません。

結婚生活は、元々は赤の他人同士が、寝食を共にするという極めて難しいことをしているという前提を持った方が楽です。結婚のハッピーの面だけに注目する世間のイメージなどは無視です。結婚する前の自分の人生に「いいこと」もあれば「悪いこと」もあったように、結婚生活にもっとフェアな目を持ちます。勝手にイメージをもってしまった「~でなければならない結婚生活」の基準を見直してみることで、配偶者に対する見方が変わってきます。

今回オススメする、ムカついている時に考えたいことは、次の3つです。

  • 1)自分は誰かということ
  • 2)実行しているアプローチは効果的かということ
  • 3)自分のするべきことを始める

では、順番に見ていきます。

1)自分は誰かということ

相手の好き勝手なことが何であれ、ムカついている以上は、相手に同意していません。そして、自分は「同意しない」権利があると思っています。もちろんです。夫や妻は、社長や上司ではありません。ただ同時に、相手にとっても「同意しない」権利があります。

夫婦関係はどこまでもフェアなんです。それなのに、自分の方が正しいとか、相手は明らかに間違っているとかの良し悪しをこの関係に持ち込むから、混乱し始めます。

結婚生活において、自分は夫もしくは妻であること。それ以上でもそれ以下でもないこと。相手の上位に位置する役割でもないし、下位に位置する役割でもないこと。自分の態度や相手への接し方に上下関係が出てきていたら、役割を逸脱しています。

2)実行しているアプローチは効果的かということ

「やりたくない人にやらせること」は難しいし、「やりたい人にやめさせること」も難しいです。好き勝手なことをする相手に、自分の思う正しさを真正面からぶつけても、彼らが実行するのは「難しい」ことなんです。

人は気持ちが伴ってはじめてやろうとするもの。「やりたいからやる」「やめたいからやめる」こうなったら、とってもシンプルです。

もし、今、好き勝手な行動をしている相手にイライラしているなら、自分がとっているアプローチはどんな形になっているのかに注目すること。つまり、「やりたくない人にやらせよう」としていたり、「やりたい人にやめさせよう」としていないかです。

真正面から、相手に対して、これをやれ、あれをやめろと口で言うことはすぐにでもできます。そう言うことで、相手がもしその通りに動くなら、こんな楽なことはありません。自分の思い通りです。イライラもしません。でも、相手はそうじゃないから、イライラしている。だから、今、相手に対して、やっていることを続けていても自分がイライラしているという時点で、効果的なアプローチでなかったと知ると、そこから離れることができます。

3)自分のするべきことを始める

とっているアプローチが効果的でないとわかれば、この安直な方法に頼るのはやめます。もう相手に振り回されるのをやめます。人がどういうことをしているかにいちいち反応するのをやめます。そのためには、相手じゃなくて、「自分」がすべきことをただするだけです。

これは、諦めとか、放棄とかそんな否定的な意味ではありません。やっても無駄なことに嘘の希望を持って、やり続けるのをやめて、自分の幸せを確保することをまずはじめるだけです。

夫や妻の「ムカつく」行動を抜きにして、自分がやらなくちゃいけないことは実は沢山あります。それに集中すること。自分が関わっても仕方ないことは、手を抜くこと。コントロールできないことをコントロールしようとするから、疲れちゃうし、イライラします。

「夫がこれをしているから、自分はムカつく。夫がこれをしていなければ、自分はムカつかない。」の構図から、「夫がこれをしていても、していなくても、自分はムカつかない」に近づく方法は、自分がすべきことにどれだけ集中できるかにかかっています。

今までのイライラを全部自分のするべきことに充てる。最初はなかなか厳しいですが、でも、人生の充実のはじまりです。ただ、一発で、すぐに、「集中できる状態」になろうとしないで、そこへ向かっていく歩みを少しずつ進めていくのです。変化はゆっくり、でも確実です。