【喪失の痛み】傷ついた感情・悲しみの感情を抱いている時に思い出してほしいこと
今回は、傷ついた感情・悲しみの感情を抱いている時に、思い出してほしいことについて、取り上げます。
傷ついた感情や、悲しみの感情がある時、大切なのは、その感情が、
他の人にわかってもらえなくても大丈夫
ということです。
誤解して頂きたくないのが、勿論、自分の痛みや悲しみを「分かってもらえる」ということは素晴らしいことです。
でも、たとえ分かってもらえなくても、あなたが傷ついた感情や悲しみは本物です。
自分が傷ついたなと思う気持ちや、経験や、考えていることに対して、
人にわかってもらいたい
という思いが出てくるのは、
人にわかってもらえる、聞いてもらえる、共感してもらえる・・・それだけ、ホッと肩の荷が降りるというか、一人じゃないんだと感じたり、つながりを感じたりするからというのがあります。
でも、今回は、たとえ、
人にわかってもらえなくても、大丈夫だよ
ということを伝えたいなと思います。
今何か、悩んでいることがあったり、苦しい思いがあるとしたら・・・そして、その思いを、うまく表現できなかったり、誤解されたり。
もしくは、何か適当な感じで流されたりとか、適当な決まり文句で励まされたりとか・・・そんな経験をすると、どこか置いてけぼりの気持ちになってしまうことがあるかもしれません。
だから、今もし、そういう気持ちを感じている人がいたら、
わかってもらおうとしなくていいよ
わかってもらえなくても大丈夫だよ
と心から伝えたいです。
事実として、人は、自分に経験がないものは、そんな簡単には、分からないものです。
たとえば、喪失の経験。
子供を亡くしたことのない方は、子供を亡くされた方の痛みを完全にわかるということは、決してできません。
もちろん、想像力を働かせ、気持ちに寄り添うことはできるかもしれません。
また、たとえ、同じ経験をしたとしても、人が感じた受け止め方は様々です。そして当然、人それぞれ固有のものです。だから、完全に、他人が同じように分かるなんてことはできないわけです。
まして、似たような痛みの経験すらない人にとっては、もはや想像と同じ、わかる方が難しいんですね。
だから、もし、今、何か苦しんでいて、何か葛藤することがあるとしたら、そして、その思いをわかってもらえない!と感じていたら、
わかってもらわなくていいんだよ。
ということを、まずは受け入れてほしいなと思います。
そして、その上で、
私は、わかってる
と自分に言ってあげてほしいなと思います。
これがすごく大切です。
自分が感じた痛みなり、悲しみなり、屈辱なり、悔しい思いなり・・・これらの感情は、
他の誰もが分からなくても、自分はわかっている
んです。だから、自分がちゃんと、自分に「分かるよ」って、抱きしめて、受け止めてあげてください。
そして、次に、
自分が十分に、自分をわかっているから、大丈夫なんだ
と気づいてほしいなと思います。
悲しい経験や、喪失の経験がある時に、本当の感情を感じることなく、空元気にしたりとか、大丈夫なふりをするのは、自分に優しくないんです。
自己憐憫はダメだとか、早く切り替えないと!とか。
そうやって、自分を叱咤激励するのは、一見、とても前向きで、魅力的に見えるかもしれません。
けれど、時間をかけて癒される必要があるものはどうしてもあります。
無理に、自分の感情に蓋をして、何事もなかったようにしても、癒されきれなかった感情は、何かの度に顔を出すんですね。
そして、そういう不快感情と直面するのが嫌だからといって、ますます自分の正直な気持ちに対してごまかし続けていくと、自分が何だかよく分からなくなってきちゃうんです。
気づいたら、何もかも嫌になっちゃったりとか、全て壊したくなってしまったりとか。
極端に自暴自棄になって、破壊的な感情が湧いてくる時というのは、特に、向き合ってあげて欲しかった、小さな悲鳴に蓋をし続けてきて、爆発してしまったからなんですね。
周りの人が自分の気持ちを完全にわかるなんてことはありません。
そこは境界線を持って受け入れましょう。
人が自分をどう見るか、どう判断するかは、分からないことです。
そもそも人は勝手に思ったり、想像したり、判断したりします。「わかられた」と思っても、実は全然、相手はわかっていなくて、ただの自己解釈だったりするかもしれません。だからこそ、人がわかってくれるかどうかには、そこまでこだわることではないことと割り切るんです。
そして、自分が、
わかってるよ
としっかり受け止めてあげて下さい。ぎゅっと抱きしめてあげて下さい。
傷ついた感情の癒しは、自分を受け入れることから始まっていきます。
写真:福島県 飛行機雲
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