【やりたいこと探しを終わらせるために!】「やりたいことがわからない」の正体は?

悩みの正体

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「やりたいことがわからない」と思って、何か頭の中で悩んでしまっていることはありませんか?

人生の大切な時間を、「やりたいことがわからない」と延々と悩んでしまうのは、時間がもったいないですよね。できるだけ早くこのような不快な感情を取り除きたいと思うかもしれません。

今回は、「やりたいことがわからない」という感情について取り上げます。

「やりたいことがわからない」気持ちがある時のアプローチの仕方

「やりたいことがわからない」という言葉に結びつけるものは何でしょうか?

仕事でしょうか?それとももっと大きくて、人生でしょうか?

それとも直近の週末のことでしょうか?もしくは数か月後にやってくる長期休暇のことでしょうか?趣味でしょうか?家族のことでしょうか?

「やりたいことがわからない」と思う時は、自分はどのスパンで、そして何のことについて、思いを巡らせているのかということを明確にすることは、とても大切です。

そして、「やりたいことがわからない」を考えて悩んでしまっている時というのは、多くの場合、

非常に大きなスパンで、大きなテーマ

を扱っている場合があります。

冷静に考えたら、

「そんなの、分からなくて当然だよ!」

と思う、すごく壮大なことや随分先の未来のことを考えていたりすることもあるのです。

なので、「やりたいことがわからない」で悩んでしまっている時は、まず最初に、

ものすごく小さなスパンで、小さなテーマ

から考え始めてみてください。

そして、あまり悩まなくなっていって、冷静になってくると、いつでもまた再び、

大きなスパン、大きなテーマ

を落ち着いて考えられるようになりますから、焦らない・・・ということはとても大切です。

はじめても続かない?「ゆっくりやろう、でもやろう」を始める

「やりたい」を「やっていること」にできない心の中にある基準

小さなスパン、小さなテーマの例として、最近の趣味について考えていきます。

ある人は、釣りが趣味だとします。お金を貯めて、ボートに乗って、月に1回くらい、釣りをして、新鮮な魚をその場で食べて・・・仲間と次の計画をして・・・。

あなたはこの話を聞きました。その時に、あなたは、

「ああ、素敵な趣味だな〜。」

と思ったとします。

そして、次に、「自分の趣味は何だろうか?」と考えると、

「何にもないな〜。」

と思ってしまうとします。

何もない、つまり、「やりたいことがわからない」に繋がりうる思考です。

でも、良く考えてみたら、あなたは家で、くつろいで、面白い動画を追ったりするのが好きだったとします。これは一例です。

そして、そういうことをしていると、あっという間に時間が過ぎてしまうなという現実に生きているとします。

このことについて、

「では、動画を見ること、youtubeとかを観ることが趣味のようですね。」

と、私が言ったとします。

そしたら、

「え!?それはない・・・それは違う。」

と、なってしまう可能性があるんです。

なぜかというと、自分の中に、

趣味にしていいものと、しちゃいけないもの

みたいな基準を持ってしまっているんですね。

結果、たとえ、今自分が、実は楽しんでいて、何気なく時間をかけているものであっても、それは、

自分の基準的には、趣味とは認められない!!!

と考えてしまうんです。

こころの栄養は、自分に厳しい人、心重くなっている人に向けて書いています。心の中に、自分を縛り付けるような基準を持っていることも、自分に厳しい人の特徴の一つです。

こころの栄養とは?

そして、

趣味とは認められない!!!

という考えが居座っていると、今楽しんでいることもいつまで経っても、趣味にはならないんです。

そして、いつまでも、

「なんかいい趣味ないかな〜なんか始めたいな〜」

なんて思ったりする訳です。

私が、

「動画視聴?とても立派な趣味と思うけれど。」

と言っても、耳を貸しません。

つまり、結局やりたいこと云々っていうのは、

自分の中に何かしらの基準を持っちゃっていて、それと一致しているか、いないか

になってしまっています。

やりたいことはこういうことでなければいけない!!

みたいな、基準が、心の中でかなり声を上げているんですね。

そうなると、

やりたいことを探していたんじゃなくて、自分の基準と一致するもの探しをしている!

という話に変わります。

ゴルフは趣味と言っていいけれど、動画視聴はだめ。家でベッドでゴロゴロしてやるようなものはダメ・・・と。

そういう人は、「いいね!趣味は動画視聴で」って、絶対にならないんです。

ちなみに、趣味が動画視聴の方、ごまんといます。そんな大多数の原理も、その人にとっては、どうでもよかったりします。全く受け入れられないんです。基準外ですから。

とはいえ、どんなに否認をしたところで、今していて、楽しんでいることは動画視聴なのですね。だから、やっぱり今、好きなことは、

「動画視聴!」

という話なんです。

そこを受け入れると、スッと現実になれるんですね。

自分を受け入れるって、それくらいシンプルなことです。

つまり、

「結局、やっているじゃん!」って事をちゃんと、「そうだね」って受け入れる

ということです。

やりたいことが分からないの背後に潜んでいるもの

「やりたいことがわからない」という悩みは、「やりたいことがわかる」と鎮まります。

「やりたいことが見つからない!!!」

っていうのは、やりたいことはあるし、実際に、現実に、やっているのにも関わらず、

いや、これは違う!

と難しい顔をして、実際にやっていることを否定し続けるんです。

この場合は、

「いつまで経っても、やりたいことは見つからない」

となってしまいます。

やりたいことがわからないの背後には、

自己否定

が潜んでいます。

わからないという言葉そのものが「否定」ですね。

今既にやっている「やりたいこと」を「やりたいことじゃないー!」って言い続けて、否定していたから、やりたいことの迷子になっちゃっていたんです。

このまま行き過ぎると、延々とやりたいこと探しの旅に行き始めて・・・でも、それははもはや、

自己否定の旅

でしかないんですね。

自分の中に、いい悪いの基準を強く持ちすぎていたり、「こうでなきゃいけない!」みたいな考えを持ち続けると、それと少しでも反している自分は全部否定になってしまいます。

いい悪いの基準も、「こうでなきゃいけない!」みたいな考えも、所詮、頭の中の考えであって、実質的なものではないんですね。

結局、自分の頭の中の考えに過ぎません。

自分が持ってしまった頭の中の基準によって、自分を苦しめる必要はないんです。

今やっていることを受容していくことを始めていくこと

今やっていること、現実が、実際の、実質的な自分です。

だから、

やりたいことは今やっていること

これを受け入れていきましょう。

もし、今、ダラダラしているなら、

今は、ダラダラがやっていることであり、やりたいこと

です。

そこをちゃんと受け入れてみる。

すると、現実と自分のやっていいことが一致し始めていきます。

自分の頭にある基準に、ちゃんと自分が今やっていることを入れてあげるんですね。

それは、つまり、「いいよ、趣味は動画視聴で。」ってだけなんです。

そうすると、自己受容ができるようになってきます。

【現状が不満】変化を望んでいるけど、何から始めたらいいの?ー自己受容

そして、自己受容ができるようになってくると、もっともっと、

現実の自分をちゃんと受け入れること

ができてきます。

自己否定が抜けていくと、否定がないから、自然と自分が好きになってきます。

その結果、以前やりたいと思ったこととか、いつかやってみたいなと思っていたこととかに向き合う

勇気

が湧いてくるんです。

所詮みんな自分のこと好きです。自分がしたいことをしたいんです。

自己否定し続けていて、こんな勇気が湧いてくる訳はありません。

だから、

「本当に自分がやりたいことは、何か違うんじゃないか〜」

と思っても、錯覚です。

大丈夫です。今時間を使っていることで、ついやっちゃうことが趣味でいいし、今やっていることが、ひとまず、今やりたいことと受け入れて大丈夫です。

難しく考えないで。

現実を受け入れて、現実に生きる練習をしていくことを毎日繰り返していきます。

でも、不思議なことに、毎日って決して同じではないんですね。

以前は、日が経てば経つほど、自己否定を積み重ねていたけれど、今度は、日が経てば経つほど、自己肯定が積み上がっていくわけです。

これは、すごいことですよ。

そうやっていくうちに、

「いつかやりたいな〜」

って思っていることに向き合う勇気も、実際の行動にしていく力もじわじわっと湧いてきますから。応援しています。

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