究極、どう思われたって、どうでもいいー私が「自分を後回しにする人生」を卒業した理由
今回は、私がずっと大切に握りしめていた
「ある執着」を手放した話を取り上げたいと思います。
私はこれまで、自分の家庭環境を振り返ったとき、
「ネガティブな言葉や激しい喧嘩」が繰り返される中で育ってきました。
自分でも気づかないうちに、心は、
そのたびに激しく反応し、傷ついてきたと思います。
そして、そんな環境だったからこそか、
私は「理想的な家庭」に対して、人一倍強い憧れを持っていました。
でも、気づいたこと。
それは、その憧れが、いつの間にか他人との「比較癖」を強め、
私から現実を見る力を奪っていたことです。
大人になっても、自分にとって思わしくない状況が起きると、
無意識に「見ないふり」をしてしまっていたなと。
ふりをしたって現実に起きてることが起きてるから、
ちゃんと体は反応してるのに。
「こんな現実は受け入れられない」
「なかったことにしたい」
そう願うあまり、現実 ...
新しい年に足さなくていいものー考えすぎを手放し、自分の人生に集中する
あけましておめでとうございます。
新しい1年の始まり。
私は、普段使っているクローゼットやキッチン回り、
洗面台周りなど、習慣になってしまっているもの、
これでいいかな?と確認しながら片づけを小一時間しました。
こういう節目節目で見直すと、
「なんでこんなことに気づかなかったんだろう」
と思うようないいアイデアや改善案が、見つかります。
私にとって、「そのままにしていたものを、一度立ち止まって見直す時間」でした。
さて、新年と言うと、新しい目標を立てたりとか、
今年は○○をしよう、○○の夢があるなど、「何をする」ということに注目しがち。
でも、あえて提案したいのは、何をやめていくかということ。
ただでさえ、普段忙しい日々を送っているのに、
新年を機に新たな「リストを追加」するのではなく、
どんな「リストを減らせる」のかという視点。
私はこの余白づくりってとっても大切だと思っています。
こうやって、何をするか、しな ...
「否定された気」がしたときの、気持ちの取り扱い方
実際に誰かから何か否定されたのかっていうと、全然そうじゃない。
けれども、人との会話の流れの中で、
なんとなく自分自身が否定されたように捉えてしまった。
今回は、そんな気持ちについて、取り上げたいと思います。
否定された気持ちというのは、これ、他でもない自分自身のものですね。
相手が自分を否定してきた場合は、これは相手のものですから、境界線を持てる。
つまり、相手は自分をこう見るけれども、自分は自分をどう見るっていう視点。
これはすごく境界線が活きてくるもの。
自分自身が「否定された気持ち」に解釈したものっていうのは、自分自身のもの。
こういう気持ちについて考える時に、
「事実相手は否定したの?相手は否定してないよね。」「だから、いいじゃないか」というふうには簡単にはいかないんですよね。
だって、ここでは相手は関係なく、自分がそう思ってしまうっていう・・・。
まさにそのことだから。
だから「事実として否定 ...
「そんな言い方ないよね」と感じたとき、心の境界線を思い出して
「そんな言い方ないよね」と思った時って、
心がざわついたり、もやっとしたり。
反論したくなったり、傷ついたり。
今回はそんな気持ちについて、境界線の観点から、取り上げたいなと思います。
「そんな言い方」をしたのは、誰の感情?まず最初に、「そんな言い方はないよね」と思った、
「そんな言い方」を発した相手は、自分ではないわけですよね。
この当たり前のところが、すごく大切なんです。
「そんな言い方」をしたのは、自分ではない相手。
相手の感じ方、捉え方、表現の仕方。
それらがすべて集まって、「そんな言い方」の言葉になるんです。
「そんな言い方」が相手の言葉から発せられる過程の中では、
相手の心の中でいろんな動きがあるわけなんです。
その動きを含めて、すべて相手のものです。
これは大前提ですね。
ある日、私はパエリアを作りました。
けれども火加減を間違えてしまって、底を焦がしてしまいました。 ...
能力のある人が陥りがちな境界線の罠
能力がある人って、何でもかんでもやろうとする傾向があります。
というのも、できちゃうからなんです。
本当は自分の領域外のことでも、
手伝いを求められたり、要求されたら、つい応えてしまう。
というのも、何とか別のことをやりくりして、
結果的にやっぱりできちゃうからなんです。
でも、これを続けていくと、確実に消耗していくのが感情的疲労。
あれ、なんか疲れた。
あれ、何もやる気がしない。
あれ、なんか違う気がする。
能力があるから自分の状況に気づくのもすごく敏感だし、
ちょっとした違和感にもすぐ見抜く。
今回は、そんな能力があるあなたが陥りがちな境界線の罠について書いていきます。
「できること=やらないといけない」をやめるまず伝えたいこと。
できること=やらないといけない
この公式を外すこと。
できるからって引き受けないといけないわけじゃない。
そして、やらないからって、できないことを示しているわけでもない。 ...
親に対して気軽に簡単に『助けて!』と言えない気持ちについて
境界線と自己認識のテーマを中心に、
内面の整理をサポートしているNaoです。
もし、親に対して気軽に簡単に「助けて!」と言えないなら、
何かがおかしい。
今回は、そんな内容について取り上げたいと思います。
これは親を責めたいわけでも、
自分が悪いと言いたいわけでもなくて。
ただ、そう感じてしまう関係性には、
理由があります。
子供の頃って、親の絶対的な守りがないと、
生きていくことすらできなかった。
自分の生存には常に、親の的確な判断が紐づいていた。
これは比喩でも大げさでもなく、現実としての話です。
他の動物と違って、人間の新生児は、
本当にびっくりするくらい、周りの助けが必要。
的確なタイミングで、的確なケアがなければ、生きていくことすらままならない。
そうして生存が守られて、少しずつできることが増えていって、
自立し始めて・・・。
そして大人になって、自分の仕事を持ったり、結婚したり、子 ...
決められないのは、答えがないからじゃない ー「保留中」にとどまりたくなる心理
境界線と自己認識のテーマを中心に、
内面の整理をサポートしているNaoです。
堂々巡りをしてしまうとき、
私たちは「答えが分からない」のではなく、
答えを確定させることに不安を感じている場合が多いんです。
自分の中に、多分「こうだろうな」っていうぼんやりとした答えは既にあるんだけれど、
それが答えをこう何か確定ボタンを押すような、承認するようなことに不安があるんです。
なぜなら、確定した途端、なんだか次のフェーズに進まないといけないような気がするから。
そういう意味では「保留中」って心地よかったりもするんです。
保留中にしておけば、可能性の中に留まれるから。
こうもするし、ああもする。選択肢がまだある。
なんとなく自分の中の手にコントロール権を持っていられる感じ。
でも同時に、時間が経てば、いずれ解決しないといけないという恐れも、
現実的なものとして降りかかる。
更に、ものによっては、時間が経てば経つほど、厄介になるケースも。
そうい ...
日常の変化は「気づき」から―コーチングで大切にしていること
境界線と自己認識のテーマを中心に、
内面の整理をサポートしているNaoです。
最近、「私はライフコーチとして、もっと自分がどんな人で、
どんなサポートをしているのかを丁寧に伝えていきたい」と感じています。
だから今回は、私がコーチングで大切にしている“気づき”について書いてみます。
本を読む。
経験する。
人と話す。
こうした日々の出来事は、すべて「気づくための機会」。
ごはん粒が口についているのに、
気づかなければ取ろうとしないのと同じで、
人は気づいて初めて行動が変わるんですね。
私が提供しているコーチングやメッセージ相談は、
話したり、書いたりしながら“自分に気づく”ためのサポートです。
誰かに話してみて初めて、
「あ、私ってこう思っていたんだ」
とわかることが本当に多いんです。
その小さな発見がやがて、
現実を受け入れよう困難を乗り越えよう
自分を変えていこう ...
「No」と言えず疲れてしまう人が、まずやるべき自己整理
境界線と自己認識のテーマを中心に、
内面の整理をサポートしているNaoです。
日常のなかで、本当はNOと言いたいのに、ついYESと言ってしまう。
そんな経験、ありませんか?
家族のちょっとした決めごと・・・。
「どこに食べに行く?」「何時に出る?」といった小さな場面。
仕事の依頼・・・。
「今は引き受ける余裕がない」とわかっていながら、
断れずにそのまま受けてしまう場面。
そして、その結果パンクしてしまう。
こうした “NOを言えない状態” というのは、ただの性格の問題ではなく、
自分の境界線がうまく機能していないサインでもあります。
今回は、少し境界線の応用編にもなりますが、
NOと言えずに疲れてしまう人が、
まずやるべき自己整理について取り上げたいと思います。
NOという言葉は、相手を拒絶するためのものではありません。
自分の領域を守るために必要な、健全な境界線のひとつ ...
真面目すぎてしんどい!?をやめる― 完璧主義・思い込みをほぐしていくために
相談してくださっている方と話している時に、
「自分は真面目すぎてしまうんです」という言葉が出てきて、
その瞬間、あ、私もすごく同じだなと思いました。
私もよく「真面目」「几帳面」と言われてきました。
特に20代の頃、職場でよく言われていました。
でも、自分では全然そんな意識がなかったんですよね。
相談者の方は「真面目すぎる」という自覚があるので、
そこは私と少し違うところ。
私は、人から「真面目すぎ」と言われ、
「え、私って真面目すぎるの……?」と気づいたタイプです。
なぜ自覚がなかったかというと、
私は基本、いろんなことを“早く進めたい”タイプで、
衝動的に行動してしまうことも多いんです。
思いついたらすぐ動くし、小中学生の頃、母親から、
「行き当たりばったり」「準備不足」「雑」と言われたことも。
そんな言葉も心に残ってか、
「私は真面目」なんて思う余地が ...
