【Are you Judgy?/あなたはジャッジ―な人ですか?】 すぐに批判する人、ジャッジする人

自己理解

心に葛藤を感じていることは、想いの箱(メッセージ)から、お送りください。お待ちしています☆

 

今回は批判的な人について取り上げます。

ここで言う批判的とは、

他人の趣味趣向、他人の生活スタイルなど、自分とは関係のないことに、首を突っ込んで、ああだこうだ意見を言う人

のことです。

結論、これは、やめましょう!

なぜなら境界線の侵害で、結果的に自分の心が疲弊します。

人間関係の境界線ってそもそも何!?どんな人が特に必要!?

人間関係の境界線とは?

境界線の侵害を平気でし続けていると、心の平安がないので、生活は安定していきません。自分の生活に満足できなくて、自分を受け入れられない日々を送ります。

ということで、批判的な人について、今回はJudgy(ジャッジ―)という言葉を使って、紹介します。

Judgyとは?具体例を使って紹介

Judgyというのは、英語の形容詞です。Judge「判断する」の動詞から派生しています。ジャッジするとか、ジャッジが多い、などは日本語でも最近よく使われていますね。

Judgの日本語の意味としては、

「すぐに決めつけたり、よく知らないのに、自分の価値観だけで断定して判断しがち」

という意味です。

なので、Judgyな人とは、

「すぐに決めつけたり、よく知らないのに、自分の価値観だけで断定して判断しがちな人

です。

例えば、友人が、「家を購入して、車も購入した。あとは結婚相手を見つけるのみ。」と伝えてきたとします。

その時、あなたはどんな反応をしますか?

「ああ、結婚を望んでいるなら、良い人が見つかりますように。」と思う人もいれば、特に何も感じない人もいると思います。

もしくは、こう思ったりしませんか!?

「まずは結婚が先だよ。外から固めたら、相手の人の選択を無視している。結婚は共同作業なんだから、まずは相手を探すところが先だよ。」

これ、Judgyです。

もう一度書きますが、今回取り上げているのは、

他人の趣味趣向、他人の生活スタイルなど、自分とは関係のないことに、首を突っ込んで、ああだこうだ意見を言う人

です。

「まずは結婚が先。」「まずは相手を探すところが先。」

これ、Judgyなんですね。

百歩譲って、

「あなたの意見は何ですか?どう思う?」

と、これから家や車を買うつもりの友人から「相談された」なら、あなたの意見を言ってもOKです。

けれども、意見も感想を求められていないのに、心の中でぼそっとJudgyになるんですね。

Judgyの瞬間にやっていることは、自分の価値観(意見や考え方)を、相手の価値観と照らし合わせて、相手を自分のふるいにかけているんです。

こうやって、

心の中で、自分だけの世界で、ぼそっと自分の価値観に照らし合わせること

は、表面化しないので、誰からも見えませんし、一見誰にも影響も与えません。

でも、実は、このぼそっとした思いに、めちゃくちゃ影響を与えている人がいるんです。

それは、

Judgyな人、本人

なんですね。

どんな影響かというと、

境界線侵入傾向を肯定する

んです。

つまり、私は、人と自分との間に、適切な境界線を持てていませんよーと自分が自分に言っているということです。

この場合は、他人に直接言うわけでも、他人をコントロールしようとするわけでもないです。でも、こういう傾向が強い人が、それこそ、親、兄弟、配偶者、子供という近しい関係性に対しては、

余計なお世話、お節介、コントロール

へと発展していく可能性大でしょう。

なぜなら、境界線がうまく機能していないからです。

【親切?アドバイス?コントロール?がうっとうしい!?】お節介な人との向き合い方

なので、「自分ってなんでこんなに人のことばっかり気にしているんだろう?とか、なんでこんなに、人のこと構っているんだろう・・・。」なんて思って悶々としているなら、心の中での無数の他人に対するJudgyをやめていく努力をしていく・・・これはかなり効果ありますよ。

人の趣味趣向、価値観は人の数だけある。当たり前!

さて、話を戻しますが、

「まずは結婚が先。」

という価値観は、無数にある価値観のうちの一つです。これは事実ですよね。

なぜなら、世界には何十億の人間が住んでいます。あなたと全てのことにおいて同じ考えの人は、皆無です。

家も車も一緒に選びたい!

と思う結婚生活をあこがれている人もいれば、

結婚した時から、家も車も与えられるなんて夢のよう!

と感じる人もいます。

また、どうにも感じない人もいます。どっちでもいい人もいます。ただそれだけの話です。

そして、この自分の価値観というのは、どうやって作り上げられていくというと、自分の経験(実際にやったこと、人から聞いたことなど)に基づいています。

例えば、自分が配偶者と一緒に家探しや家づくりや、車選びをした過去があり、それに良い感情を持った人は、結婚によって、家や車を一緒に選ぶという価値観を持ちやすいです。

また逆もしかりで、結婚した時に、既に相手が家や車を準備してくれていて、それに良い感情を持った人は、相手が結婚前に家や車を用意してくれているのは良いという価値観を持ちやすいです。

ただそれだけの話です。

にもかかわらず、Judgyな人は、自分との違いを受け取ることがへたくそなので、些細な不一致で、すぐに排除しようとするんですね。

なぜか?

理由はいっぱいあります。

例えば、自分に自信がない、自己保身ですね。

あとは、反応的だから、つまりそもそも自分を受け入れていないから、色々な意見にいちいち反応してしまう、流されやすいんです。

一言で言えば、自分軸がない、だから他人の軸もちゃんと受け止められないんですね。

友達が少ない人とか、Judgyな傾向がありますね。自分と本当に合う人だけを探そうとしていたり。これは現実的ではないですね。どこまでも自分と一致している人なんて、いませんし、それはもう、自分の鏡みてください・・・という話です。ちなみに独善的で、独りよがりな方向に進んでしまうのも、Judgyな人です。

あとは、人間関係をただの表面的だけで付き合っている人も。

知り合いと呼べる数はまあまあいても、心から話せる友人は皆無だったり。心の中ではめちゃくちゃJudgyなのに、うわべだけは合わせているんですね。この結果、心身疲弊します。

Judgyな性格は、結構、自分を傷つけます。

価値観の多様性を拒否することが、自ら殻の中に閉じ込めるようなものです。

人間関係も自然に閉鎖的になり、単に一つの価値観に過ぎなかったことがきっかけで、平気で「この人とは合わない」と切り捨てたり、いきなり連絡帳からアドレス全部消したり、そして、不必要に人に不信感を抱いたりするんです。

なので、Judgyな自分に気づいたら、

自分の価値観は、世界70億分の一つだよー似たような価値観の人もいるけど、70億もいれば、当然全然違う価値観の人もいるよー

ということを思い出してください。

相手と自分は違うということを受け入れて生きていくことは、自分を本当に受け入れていくということです。自分を受け入れていくと、どんどん生きやすくなっていきますよー。

Judgyなままいく?それとも・・・

そして、Judgyな性格があると、もし自覚していて、本当に直したいなと思ったら、

面倒くさがらずにJudgyの瞬間を捉える

をしてくださいね。1日を振り返って、日記に書くのでもいいです。

そして、「今日のこの思い、あの態度、ただのJudgyだった。」

って認識するわけです。

境界線侵入予備軍なことをやってしまっていて、自分軸崩壊への貢献だよーとちゃんと認識する場面が増えれば増えるほど、本気でやめていこうって気持ちになっていきます。

本気でやめたいと思わないことは、逆に人はなかなかやめられませんから。

そして、Judgyをやめていくと、どんどん生きやすくなって、自分に優しくなれて、自分の人生にも、自分にも肯定できるようになるかを経験し始めると、ますますやめる努力に拍車がかかってきます。

ちなみに、こういう多様性、相手の違いを認めるというのは、アドラーの共同体感覚にも繋がるものです。下記の記事もぜひ読んでみてくださいね。

アドラー心理学「嫌われる勇気」共同体感覚(9)

こころの栄養とは?
こころの栄養のメインテーマ:人間関係の境界線について