【家族問題】娘から暴言をはかれた時に意識してやってもらいたいこと

家族との関わり方

今回は、娘から暴言をはかれた時に意識してやってもらいたいことを取り上げます。

それは、

自分が感じている感情を否定しないこと

自分を鞭で打つような厳しい言葉に騙されないこと

の2つです。

人から暴言をはかれるというのは、辛くて悲しいことです。また、怒りがわいてくるかもしれません。

とにかく、楽しさと喜びなんて微塵もありません。冷静さや落ち着きもないはずです。

自分感じている感情をもう一つの自分が、自然とわいてくる感情に対して、抑え込んだり、麻痺させたりと働くかもしれません。

感情を否定しないとはどういうことか言うと、

「私は○○と言われて、悲しいです。辛いです。嫌です。」

と言葉にして言ってみるということです。

感情を認めると、現実を受け入れたかのような敗北感があるかもしれません。

しかし、自分が認めても認めなくても、現実は現実です。

なので、現実に対して正直な気持ちを否定しないと、感情が落ち着いてきます。感情の行き場がちゃんとあるからです。

もちろん、その時は涙があふれたりとか、わめきたくなる気持ちとかになるかもしれません。当然です。そして、とても自然なことです。

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本当は感じていることをちゃんと感じ始めることは、心軽く生きるためには、必要不可欠な通り道です。

一人で感じることが難しい時は、第3者のサポートを得ながら、感じていく作業も必要です。

次に、自分を鞭で打つような厳しい言葉に騙されないということについてです。

暴言をはかれたことにより、「自分が悪いのでは。」とか、「言われるに値する自分だ。」などと、自分の尊厳を陥れ、破滅へと導くような考えが頭をかすめることがあったら、そのような厳しい言葉は完全にシャットダウン、騙されないでください。

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不思議なことに、娘に暴言を吐かれた時点で、十分すぎるほど苦しいはずなのに、まるでその暴言を拡張するかのように、更に自分自身が自分でも似たような言葉を言うということが、脳内で起きてしまうことがあります。

このような言葉は、現実に対するあまりの絶望とショックで、「いっそのこと消えてなくなってしまいたい」という思いを増幅させて、痛みから回避しようとする動きがあります。

このような自分を責め立ててくる言葉は、山ほど自分に対する愛のある声を一時的に隠し、一時的に暴言をはいた娘の声だけを「正しい」と見て、大きくしているだけです。

一時的なのものですが、ただ受け入れてしまうと、どんどん悪いスパイラルに陥って、自責の念や自己憐憫、自信喪失を招きます。

そのような言葉が自分を頭をかすめたら、こころの栄養で「騙されるな!」と言っていたということを思い出してください。

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